メゾン 道の果て

6月28日

 テレビの地上アナログ放送終了まであと1ヶ月となりました。
 もちろん我が家も地上デジタル放送の対応は完了しており、現在はケーブルテレビ会社の引き込み線を通して地上波テレビ・電話・インターネットを受信しています。一式で月4,300円余りと、アパート時代のNTT回線(ADSL)より安く、新居に移って今まで2年の間活用してきました。
 ところがこの6月から、ケーブルテレビ会社の月額料金が1000円近く値上げすることになりました。これに加えて夏以降、地上波テレビの受信が別料金になるとか、ケーブルテレビ有料放送の契約が必須化するとかいう話もあり、これが現実になるとさらに数千円の値上げとなって生活に響くので、テレビをアンテナによる受信に切り替え、ネットもケーブルテレビ会社から別の方法に切り替えることにしました。

 切り替えに必要な手続きは、
 (1)電器店に行きアンテナを購入+設置工事
 (2)ケーブルテレビ会社の契約を解約
 (3)新たにインターネットプロバイダーと契約
 と、3つの段階を踏まなくてはならず、少々面倒です。
 まず、5月下旬に(1)のアンテナ購入、設置工事を依頼しました。本体と工事の一式で約22,000円。月1,000円の値上げ分をおよそ2年で回収できます。工事は屋根上のアンテナ設置のみとし、(2)のケーブルテレビ会社解約までは配管の切り替えはしないように話をしておいたのですが、工事担当に話が伝わってなかったか、配管の切り替えまでされてしまい一時ネットが寸断され大騒ぎになりました。
 6月に入り、(2)の手続き、すなわちケーブルテレビ会社に契約解約を申し入れます。
 これによって電話とインターネットのサービスは終了となるわけですが、電話は提携先となっているKDDIのサービスを利用しているので、KDDIに回線工事(ケーブルテレビ電話からNTTの通常電話回線に戻す)を依頼する必要がありました。さらにNTTへの回線返却手続きも発生し、NTTとKDDI両者のカスタマーセンターに連絡を取って6月中旬の平日に工事をしてもらうことにしました。この工事日をもって、(ケーブル会社経由)KDDIからNTTに回線は返却され、電話料金はNTTから請求されることになります。
 一方インターネットについては電話と別個で終了日を指定することができたので、6月末日の終了として月額料金を有効に活用できるようにしました。新プロバイダーへの申し込みから利用可能になるまで約3週間かかるとのことなので、ネットがつながらなくなる期間をできるだけなくす、または短くするようにします。期間満了とともにケーブルテレビ会社が貸し出していたモデムを引き取りにくるそうです。
 その新しいプロバイダーですが、現行のケーブルテレビ会社のネットサービスがKDDIを利用していることもあり、電話サービスを含めてKDDIを使うことにしました。というのもケーブルテレビ会社経由から直契約にするだけの話と思ったもので。しかし現実にはそうではなく、KDDIサポートセンターに確認したところ、ケーブルテレビ会社解約とともに一旦NTTに戻し、工事終了をもって再度申し込み、とのこと。工事が終わった翌日、改めてKDDIに電話の申し込みをします。

 現在の時点では、電話回線は一旦NTTに戻っている状態。インターネットは6月30日までの契約で、7月2日に器材撤去予定。地上波テレビは電器店に再連絡し、7月1日に配管をアンテナ受信に切り替えます。新プロバイダーとしてのKDDIは申し込み手続きはしましたが、まだ開通予定の連絡はきていません。このままでは7月上旬に一時的にネットが利用できなくなる可能性があります。会社近くの15分100円公衆端末を使うなど、対策は一応考えていますが、この現代にネットが利用できなくなるのは不便さを感じます。
 とはいえ、一つの契約をやめるのにも相当な労力はいるようで。お金が少しかかってもこのまま続ける方が楽かと。業者の思うつぼになってはしまいますが。


6月20日

 大震災から3ヶ月が経過しました。
 4月まで頻繁に起きていた余震も最近ではほとんど起こらなくなり、元の落ち着きを取り戻しています。

・電力事情
 この夏最も気がかりな電力事情。東京電力の本日現在発表では最大4720万kwまで対応可能とのことで、4月上旬に比べて600万kwの増強になっています。一方で最大使用量は約3900万kwで、4月上旬の供給能力に近いです。産業界の復興や冷房需要が供給量を押し上げているようで、一歩間違えればまたも計画停電、という事態になりかねません。
 会社でもあらゆる手段を講じて節電に取り組んでいるのは以前書いた通りですが、事業所によってはエレベーターを止め、空調も止めて毎日暑い思いをしている人もいます。先週から「スーパークールビズ」として、アロハシャツなどでの出勤を認めるようになりましたが、現在のところそこまでラフな格好をして出勤する人は見かけません。アロハシャツが逆に暑苦しく見えると敬遠でもするのでしょうか。ちなみに僕の場合、デスクワークの時間が長く、半袖では机の上が汗でべたべたして嫌な思いをするので、真夏でもワイシャツは長袖にしています。
 都心部の地下鉄は昼間にこっそり間引き運転を行なっている時間帯があります。駅貼りの時刻表を見ると1時間に1回ずつ、5分おきの運転間隔が10分に空くので、ここに来るはずの電車が間引き運休したというのが分かります。6月下旬からJR各線でも昼間の本数削減が始まりますが、意外に削減本数が多くなく、あまり踏み込んだ感じがしないのは僕だけでしょうか。

・テレビ放送
 NHK朝のニュース内のコーナー「まちかど情報室」は、5月9日から月・木の週2回で復活しました。当初は災害時や節電に役立つ商品を中心に紹介していましたが、先週からは毎日の放送となり、日常生活の便利グッズも紹介されるようになりました。前後の娯楽コーナーも復活し、震災前の番組構成に完全に戻りました。民放でも、あれほど洪水のように流れていたACジャパンのCMをほとんど見かけなくなっています。関東のテレビ業界は震災から完全に立ち直っているといえるでしょう。

・商店など
 震災後1ヶ月までは納豆やヨーグルト、ミネラルウォーターといった商品が品薄状態でしたが、工場の生産再開やライン増強により品薄は次第に解消されてきました。夜スーパーに行くと消費期限の近い納豆が半額で売られていたりして、こちらも元通りの体制に戻れたのだなあと感じています。
 秋葉原の裏通りにて。乾電池も単1や単2、変換ケースなどが再入荷して簡単に手に入るようになりました。その横ではまた起こらないとも限らない停電を見越して、電池式のLEDランタンやランプが山積みで販売されています。LEDランタンは確かに以前の懐中電灯よりは明るく、電池も長持ちしますが、それでも部屋の明かりと比べてしまうとまだまだ暗く、代用にするにはほど遠いのが率直な感想です。

・その他
 「がんばろう東北」「がんばろう日本」「絆」最近よく目にするフレーズです。いろいろな場面で声をかけあい、助け合い、支援するという動きが広がっています。
 今日は会社の創立記念日です。例年、創立記念日には弁当が支給されるのですが、今年はこれを中止し、代わりにその予算で東北地方の名産品を購入するという動きが出ました。当事業所では仙台名産「萩の月」が1人2個支給されました。
 JR東日本が東北各県の観光を支援すべく、6月7月の特定期間に、東日本管内全線1万円乗り放題の切符を発売しました。新青森から鹿児島中央まで新幹線で乗り継ぐツアーも発売されています。他にも福島県産の野菜を購入する運動など。気が付いた先々で、少しずつでも復興への協力ができたらと思います。


6月15日

 (前編からの続き)
 見沼代用水は東縁(ひがしべり)と西縁(にしべり)の、2つの流れがあります。行田から1本で流れてきた水路は上尾市内で二手に分かれ、丘に挟まれた谷間の東側と西側を下ります。前回、七里までたどったのが東縁で、今回は大宮公園付近から西縁を戻ることにします。

 東武野田線との交点から南に向かってスタート。すぐに左に見えるのがさいたま市営大宮球場、そして広い公園群。右側の丘には住宅が建ち並び、左側は緑地帯や畑、水田が広がります。用水は右左に蛇行を繰り返すうち、知らぬ間に東の方向へ流れています。時に北向きになったり、大きくうねって南に向かったり。当日は曇っていて、どの方角へ向かっているのかよく分かりません。実家へと行き来するのにたまに使う幹線道路をくぐったりしますが、位置関係がよく把握できないでいます。
 前回の地図を見るとお分かりですが、西縁はかなりの距離を東に進み、東縁まであと500mのところまで接近します。その後南西に進路を変え、距離を離しますが、左側の風景が田んぼや畑、手つかずの自然というのが10km以上に渡って続きます。
 西縁の魅力は、何と言っても長い距離に渡る桜並木。桜の真下は砂利道で走りにくいですが、自転車に乗って桜をいつまでも眺めたい向きにはぴったりのシチュエーションです。来年の春はここを押さえておこう。

 自然いっぱいの風景ですが、これでも東浦和駅徒歩10分圏ですから驚き。
 桜の木の1本に、特大のカタツムリが這っていました。

 武蔵野線を越えてすぐの場所に、東縁と西縁の両方から、その中央を流れる芝川に向かって水路が流れています。これが日本最古の運河といわれる見沼通船堀で、途中に水位調節用の堰が復元されています(写真)。西縁側起点の公園には竹林があり、心を落ち着かせてくれます。

 西縁をさらに進むと、進行方向左側も住宅地に変わります。流れは心持ち細くなりながら南西、そして南の向きになり、外環道を2回渡って南浦和の車輌基地をくぐります。
 ここからは辻用水と名前が変わります。流れはさらに細くなり、水路の両側がいわば親水公園として住民の憩いの場となっています。ちょうどあじさいが見頃を迎え、色とりどり美しい花を咲かせています。この付近から本流は地下に潜り、その跡の地上部分は公園になっています。そして最後は埼京線高架のすぐ脇で笹目川に合流し、ここが見沼代用水の終点ということになります。

 今回のツアーは土日に3回に分けて行いました。3日間で自宅への往復を含めた総乗車距離は105km!1日で最大45km走った日もあり、いつもの週末の3倍走りました。普段鍛えていても予定以上の走りで翌日筋肉痛に悩まされました(笑)。ついでに自転車購入時からの通算走行距離も3000km達成。これからも末永くお世話してゆきます。


6月10日

 5月最後の週末は丸二日、60時間連続の雨にたたられ自転車を出すことができず、その反動で先週末は2日連続で自転車を出し、小旅行をしてきました。
 名付けて、見沼代用水ツアー。
 江戸享保期に、現在の行田市から東京都足立区にかけての約80kmに渡る距離を、たった5ヶ月で開削したといわれる見沼代用水。
 実家からもそれほど離れていない場所を流れていることもあり、幼い頃から親しんだ光景でした。
 道の果てトップページで以前載せていた桜並木も、実家近くの見沼代用水で撮影したものです。
 その流れのさらなる道程、そして行き着く先がどうなっているのか、今回興味を持って探索してみました。

 旅の始まりは日暮里・舎人ライナー線の見沼代親水公園から。この親水公園が用水路の終点であり、ここから先は地下にもぐってしまいます。今回はここを起点に上流を目指します。
 すぐに毛長川を伏越(ふせこし)で交差し、住宅地を右に左に大きく曲がりながら進みます。途中桜並木あり、バラの花が満開の花壇ありと、見どころ満載です。

 鳩ヶ谷市に入ると左右に起伏が目立つようになりますが、用水路は起伏を避けながら流れているので、坂を上り下りする苦労をしなくても快適なサイクリングが楽しめます。その代わり相当の大回りですが。たまに市内の通りを自転車で横切ることがありますが、用水路側から攻めると、市内のどこを走っているのか見当がつかなくなります。
 沿道に公園や森が多くなり、外環道、そして武蔵野線を越えると、見沼田んぼと呼ばれる区域に入ります。
 右手は森、左手は一面の田畑。果樹園、水田、植木畑、自然のままの湿地帯など、少し進むごとに表情が変わってゆきます。
 公園が多いのもこの辺りの特徴。自然がそのまま残されているゆえ、公園にしやすかったのでしょう。
 ほぼ全区間がコンクリートで護岸された見沼代用水ですが、ここの区間の一部だけは護岸されずに残されています。
 気が付いたらさいたま市の北部まで走っていました。県道を2つ乗り越し、東武野田線と交差するところで川沿いの道路は途切れます。
 ここから先は実家の方が近く、なじみのある区間に入るので一旦打ち切り、野田線沿線の道路を七里から大宮公園駅近くまで転がします。
 (後編へ続く)


6月4日

 先週書いたホームパーティーで、出身地地元の酒蔵に買い出しに行きましたが、
 そのうちの1つで、思わず目を引くラベルの酒を見つけました。

 その名は「ニコニコ焼酎」、略してニコ酎。
 清龍酒造とニコニコ動画とのコラボによる米焼酎だそうです。

 パソコンの画面と巨大掲示板の書き込みをイメージしたデザインが何ともユニークです。
 ラベルのデザインはこの他に2種類あり、こちらもまた個性的です。

 地元、蓮田の2つの酒蔵はどちらも首都圏では名が知られていますが、
 今ネットで話題のニコ動と共同企画ができるほどだったとは。改めて地元を見直しました。 

 家に来て4年目を迎えるパキラです。
 下の葉はみんな枯れ落ち、代わりに上に新しい葉が次々生えていて、観葉植物というより一人前の木になっています。

 あまりに大きくなったので、先日2回目の植え替えをしました。
 今よりもさらに一回り大きな鉢を買いました。
 前回の植え替えでは根がすき間なくびっしり付いていたのですが、今回は思ったほどではないようです。
 初代は片手で簡単に持てたのが2代目は両手で持ち運びとなり、そして今回の3代目はさらに重くなってどっこいしょ状態です。その代わり重くなった分だけ安定し、外に出しても風にあおられて倒れる、ということがなくなりました。
 この先どこまで大きくなることか。さらなる変化を見続けたいと思います。

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