メゾン 道の果て

4月30日

 5月の大型連休、例年ならば最高の観光シーズンを迎えていますが、4月になってようやく出された緊急事態宣言と、これに伴う外出自粛要請で異常な状況になっています。
 例年大混雑する新幹線や航空がほとんど空席となり、各地の観光名所は閉鎖され、テレビでは「おうちで過ごそう」キャンペーン。バラエティー番組は軒並み遠隔ネット会議状態。ドラマも収録中止でどの局も過去作品の再放送。スーパーやコンビニなどではレジ周辺にビニールの幕が吊るされ、レジの行列ができる場所には約2mおきに待ち位置の目印が付けられ、身の回りのあらゆる場面で尋常ではないシーンに出くわします。

 緊急事態宣言を受けて会社も4月第2週から在宅勤務に全面移行しています。紙で回されていた書類は期間限定で暫定的にPDFデータ化して一時保存するなどで対処しています。毎日の電車通勤もなくなり、朝は少し遅く起き、夕食も毎日家族そろってとなり、精神的にもかなり楽です。
 子供が通う学校では中旬の臨時登校日に1日だけ登校しましたが、こちらも宣言を受けて休校が連休明けまで拡大され、毎日が春休みという状態がなお続いています。本日、市からのメールで休校が5月末までさらに延長との連絡が入りました。そして夏休みは縮小される模様です。
 子供も先月毎日のようにやっていたテレビゲームも飽きたのか、今度は妻が若い頃に買い集めた少女漫画をシリーズ一気読みしています。さらに古本屋に行って昔の連載漫画を全巻買い集め、子供部屋に絵本や漫画本の類が着実に増えています。
 一方自転車の練習は毎日の日課となり、近くの公園まで自力で乗れるようになりました。坂を登れないのとブレーキがおぼつかないので、親が走ってついていくのが欠かせないですが。

 そんな状況の中、今自分の巣ごもり課題として取り組んでいるのが、
 「プラレールの車体自作」。
 地元、東武伊勢崎線に絡む車輌で製品化されていない形式が多く、いつまで待っても発売されないのであれば自分で作ってしまおうとの考えで、家事などの傍ら、週末のわずかな時間に少しずつ開発を進めていました。緊急事態宣言以降、家にいる時間がやや多く確保できるようになり、薄手段ボールと写真用紙,表計算ソフトを使って車体の製作方法を確立するまでに至りました。
 大型連休に間に合うかどうかは分かりませんが、近日中には製作動画とデータを公開して、世の中の巣ごもっている親子の皆さんの役に、ほんの少し立てたらいいなあとか考えているところです。


4月22日

 自宅から自転車で、少し遠出で行ける範囲に武蔵野線が通っています。
 その武蔵野線の主役は、15年以上もの間205系が務めてきました。

 武蔵野線の205系は山手線からの転入組が大多数を占めています。
 当時山手線に新形だったE231系が導入され、そこで使われていた205系が走行機器の改造などをしてこの武蔵野線に回ってきました。
 しかし、武蔵野線の205系もこのところ急速に数を減らしています。
 これもまた山手線の世代交代によるもので、新形車両E235系の導入でE231系が中央総武緩行線に転出し、その玉突きで中央総武の209-500系やE231系を8両編成に短縮して武蔵野線にやってきています。
 気が付けば武蔵野線は209-500系やE231系だらけになり、山手線のE235系化が完了した現在となっては、205系は運用調査サイトで追いかけないと出会えなくなるほどに本数が減ってしまいました。205系の中には平成初期に武蔵野線に直接新車で導入された編成もありましたが既に引退し、他の205系ともども海外譲渡されています。

 今がちょうど菜の花の時期。205系と菜の花の組み合わせは今年の春で最後になります。
 陽気に誘われて、河原の道路では多くの地元住民が散策やランニングを楽しんでいました。


4月13日

 日比谷線直通の車輌ですが、先月お伝えした東京メトロ03系引退に続き、東武車にも大きな動きがありました。
 まずは東武70000系70090代の営業運転開始です。

 70090代は日比谷線と伊勢崎線を直通する有料ライナー列車<THライナー>用として製作された通勤車輌で、普段は座席を長手方向に、ライナー運転時には進行方向に切り替えるL/C座席変換機構が付いているのが大きな特徴です。
 外観は一見すると他の70000系と変わらないように見えますが、前面の黒い面積が多くなっています。側面には斜めに黒いストライプと「70090 SERIES」のロゴが入っています。
 昨年12月から今年3月にかけて4本が落成し試運転に入っていましたが、6月予定の<THライナー>運転開始を待たずに、3月20日から通常の日比谷線直通各駅停車でひっそりデビューしていました。
 1回だけ乗車する機会がありました。背もたれのついた大きな座席のロング配列は、通常の通勤形車輌に慣れると異様にも思えます。座り心地は全般的にやや堅い目で、今どきの特急車輌もこんなものかなと感じます。

 その一方で、今まで活躍してきた20000系,20050系が3月27日を最後に運用離脱となりました。
 20000系は昭和63年、20050系はその改良型の一部5扉車として平成4年にデビューし、同世代の東京メトロ03系と一緒に20年以上に渡って、大きな改造もなく活躍を続けてきました。毎日の通勤に大変お世話になった車輌達です。
 運用離脱まで残っていたのは20000系1編成、20050系3編成でしたが、70090代がデビューすると容赦なく4本一斉に運用から外され、東京メトロ03系と同じようにこちらもお別れ運転することなく撤退となってしまいました。
 20000系、20050系の今後ですが、一部中間車が廃車となる他は南栗橋以北の日光線,宇都宮線に4両編成で転用が推進されており、既に多くの仲間は改造されて営業運転に入っています。そしてここで走っていた10000系列を玉突きで転用して、野田線の古い8000系を置き換えるという計画です。
 下写真は3月に撮影した20050系です。思えば東急2代目5000系と東京メトロ03系、この20050系とで多扉車が競演していましたが、東急のは薄命に終わり、03系も5扉編成は全車廃車、東武車も転用にあたっては扉2枚をふさいで3扉に改造することになっています。5扉,6扉の時代は終焉を迎えつつあります。

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