メゾン 道の果て

えんぷつ 週観 道の果てから

4月22日

 今年度予算作成対応で連日夜遅くまで残業しています。あまり生きている実感がしません。
 先週の金曜日は残業し過ぎて、終電に乗り遅れてしまいました。
 金曜でなければ、明日もまた早くから仕事と、22時台のうちには切り上げるのですが、
 翌日が休みとあらば、もう少し会社を遅く出ても、と考えていたのが命取りだったようで。

 東北線の終電が上野を出るのが23:38で、高崎線はそれから7分後の23:45発です。
 その日はぎりぎりまで仕事をして退社したのが23:15頃。
 山手線に乗って、上野で東北線の最終に間に合うがどうか、という時間でした。
 しかし金曜夜の混雑で上野に2分遅れで到着。大慌てで、必死の形相で階段を登り降りしたものの、
 非常にも目の前でドアを閉められ、発車されてしまいました。
 恨むぞ、最終電車の車掌。

 7分後の高崎線の最終で大宮まで追いかけ、連絡待ちに期待をかけましたが、
(金曜日は遅れた列車の接続とかで待ってくれることが多い)
 既に出てしまって影形1つありません。

 呆然自失の状態。ここから自宅までの距離は約10km。タクシーを待っていたらいつになるか分からないし。
 ここで気を取り直し、東武野田線に乗り換えます。
 高崎線最終の接続を待って5分後に、野田線の最終が出ます。
 これに乗り込めば、自宅までの距離が少しは近くなる。

 七里駅で下車しました。それでも自宅まで5kmも歩かなければなりません。
 ハイキングコースを、リュックを背負っての5kmは楽しいですが、
 舗装道をスーツに革靴、重たい通勤カバンを下げての5kmは、これは相当体にきてます。
 しかも最近まともな運動をしていないのがたたってか、途中で腰痛が起きる始末。
 結局1時間もかけて、1:30過ぎにようやく家にたどりつきました。

 教訓。最終電車ぎりぎりまでのお付き合いや仕事はしない。少し余裕を持って早めに切り上げる。
 しかし自宅まで徒歩5kmの代替手段があるからまだ良かったものの、
 最寄り駅が蓮田でなくて白岡とか栗橋とかだったら....。
 それにしても埼玉県の中で東北線は冷遇されてません?終電は早いし、東北線の最終の後に高崎線は新宿方面発を入れて2本もあるし、初電も遅くて早朝の飛行機や新幹線には間に合わないし。


4月14日

 何だかまた物騒な世の中になってきています。
 金曜日にイラクで、民間の日本人3人が武装勢力に拘束される事件が起きました。
 自衛隊を撤退させなければ人質を焼き殺すと言われて、政府が大慌てしています。

 先月にはスペインで通勤列車が爆破され、200人にものぼる死者が出ました。
 これを受けてか、国内でもテロに対する警戒がにわかに強化されているようです。
 東京駅では警察官が数人単位で時折巡回しているのを見かけます。
 ゆりかもめ線の新橋駅ではごみ箱が封鎖されています。

 しかしいくら警戒を強めたところで、カバンに入るサイズの爆弾を見破るのは難しいですし、
 (各駅の自動改札すべてにX線検査装置が仕込まれていれば別ですが)
 例えばテロリストがラッシュの京浜東北線とかに郊外の駅から乗って、最大ピーク時間に、最も混雑する上野辺りで爆弾を爆発させでもしたら....。
 イラク復興支援で日本も自衛隊を派遣するなど国際協力に精力的なだけに、決して有り得ない話ではありません。
 そう考えると、いつ自分も命を狙われるか分からない、ガクガクブルブルな状態な訳です。

 この手のテロ攻撃に対する自衛策は....。
 最も簡単で効果があるのは、会社を辞めて引きこもること。
 通勤時間帯の電車には乗らなくて良いし、会社で仕事に追っかけ回されることもないし。その代わりお金ももらえません(笑)。
 まあ回りの人への影響を考えると、いまのところ僕にはそれだけのことをする勇気がないので、
 せめて朝早い時間の電車に乗って、
 真ん中辺りは狙われそうなので先頭車か最後尾車に乗って、
 人通りの少ない階段や通路を選んで、
 少しでもテロリストにぶつかる確率を減らす努力をするのが精一杯なところ。

 それでもテロリスト達は容赦しませんからね。
 その確率に当たって命を落とすようなことになったら、それは事故ということであきらめるしかないのでしょうか。


4月7日

 先月26日、六本木ヒルズで6歳の男の子が回転ドアにはさまれて死亡する事故がありました。

 勤務先のビルも、六本木ヒルズと同じ形をした自動回転ドアがあります。
 朝に晩に、少しひやひやしながらこの回転ドアを抜けて会社に出入りするのが日課です。

 事故が起きた日、朝はいつものように回っていたのですが、
 帰りにここを通ると回転は止められていて、代わりに中に仕込まれた普通の自動ドアが開閉していました。
 この日は風が強かったので、最初はそのせいかな、とも思ったのですが、
 翌週に入っても回転は止められたままです。
 そして今週もまだ止まった状態が続いています。

 ひやひやしながら、と書きましたが、いくら文明に慣れた現代人でも、回転ドアは少々怖いものを感じるはずです。
 ゆっくり回転しているとはいえ、実際に入る段になると、急いで入らねば、といった意識に駆られます。
 急いで入らなければ、ガラスの壁にはさまれてしまう。
 無事入れたかと思えば後ろからガラスの壁が追いかけて来るし、
 何だかなわとびの「郵便屋さん、お入んなさい」と似たような、そんな感覚です。
 毎日回転ドアを使っている人でも小さな恐怖心を抱くくらいですから、
 普段使わない人、まして初めて見る人にとってはなおさらのことと思います。

 その恐怖が、残念なことに現実になってしまったのです。
 我が勤務先の回転ドアも、もう使うことがないかもしれません。
 今後このような事故が起こらないように、メーカー各位には安全対策を徹底してほしいと願うばかりです。
 本当は世の中から回転ドアなどなくなってもよいと思っているのですが....。


4月3日

 先月20日、ドリフターズのいかりや長介さんが72歳で亡くなりました。
 つい先日までテレビドラマに出ていて、まだがんばっているんだなあ、と思った矢先の突然の訃報に驚いています。
 21日のスポーツ紙はどこも1面トップ、テレビのワイドショー枠も連日この話題。
 亡くなって改めていかりやさんの偉大さを感じずにいられませんでした。

 27日の土曜日、追悼企画として「8時だヨ!全員集合」の名場面集が放送されました。
「国語・算数・理科・社会」に、忍者に母ちゃんに刑務所に、もういろいろなコントが流れてきて、2時間ずっと見入っていました。

 全員集合がレギュラーで放送されていたのは僕が小学生の頃、
 毎週土曜日の8時になると決まって家族団欒の時間でした。
 前半のコント、少年少女合唱団、後半コント、合間にアイドル歌手の歌、最後に加トちゃんの「歯みがけよ」。
 目をすこしつむれば次から次へと思い出します。
 ここから出てきた流行とか言葉も多かったですねえ。
 ヒゲダンス、最初はグー、カラスの勝手、生麦生米生卵。

 そのコント達は今なお新鮮で、現代のお笑いよりもずっと面白く感じます。
 あの時代から20年以上も時が流れて、大人になって、いろいろなお笑いを数多く見てきているのに、
 どうしてでしょう、ドリフのコントほど面白いものはありません。
 実は僕自身が小学生時代から精神的に成長していなかったり(笑)。

 ともあれ、あの体を張ったコント、例えば金ダライとか風船とか消火器とかいろいろありましたが、
 これらもドリフだからこそできた芸だと思います。
 それから観客席との一体感。僕もテレビの前で、
 「志村〜、後ろ、後ろ!!」 (この後お化けに気付く)
 などと一生懸命叫んでいましたが、今考えてみればこれもドリフならではの魅力だったのでしょうか。

 そして何より忘れてはならないのは、これらの芸が決していかりやさんや構成メンバーが単独ではできなかったこと。5人が揃った上で、いかりやさんがリーダーシップを発揮してこそ、あれだけ素晴らしい番組ができたのですから。その偉大な功績をたたえつつ、いかりやさんのご冥福をお祈りいたします。

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