メゾン 道の果て

週観 道の果てから

9月30日

 前回の続き。タイ旅行を通して見てきたこと、素直に感じたことを書きましょう。

 成田空港から飛行機で6時間かけ、地上が見えてきました。
 建物の雰囲気がやはり日本とどこか違う。どうも日本に比べて古かったり、なぜか汚れた外観の建物が多い。
 ここはもう日本ではないんだなあと最初に感じた瞬間でした。
 スワンナプーム空港は昨年開港したばかりとあって現代的・斬新な設計の建物でしたが、
 乗り継いで向かった先のプーケット空港は、空港というよりかは古びた温泉のグランドホテルという感じ。
 一気に昭和30年代に引き戻されたような感じがしました。
 というか、昭和30年代を体験したことがないので、どこからともなく漂ってくる懐かしい匂いに魅了され、また戸惑っていました。
 旅行会社のワゴンに乗り込み、一般道を100km/h近いスピードで突っ走るその車窓からはバラック作りの古い建物たち、時折すれ違う車にはトラックの荷台にたくさんの人々、そしてリアカーを引っ張るバイク。
 それはもう日本では見られなくなった、僕も写真でしか見たことのなかった、独特の風景でした。

 街を歩いていて気が付いたこと。
 街のあちこちで、いろいろな品物が売られています。
 屋台で肉を料理したり、街頭で果物や飲料を並べて売ったり、椰子の実を割ってジュースとして売ったり、
 日本では食品衛生法の縛りがあって、縁日くらいでしか見ることのできない風景ですが、
 タイの国内ではこうしたことが日常的に展開しています。
 その一方でもう1つ、重大なことに気が付きました。それは

 「自動販売機がない」こと。

 屋台や出店を頻繁に見かける一方で、見事なまでに飲料の自動販売機がないのです。
 自動販売機を置いても使い方がよく分からないとか、故障したときの手入れが大変とか、自販のランニングコストよりも人件費の方が安いとか、いろいろ理由は想像できますが、びっくりするほど見かけません。
 バンコクの国鉄大ターミナル、フアランポーン駅の窓口ですら1台たりともありませんでした。
 唯一あったのがバンコク市内の高架鉄道BTSと地下鉄の券売機。どちらもここ10年で開業した路線であり、先進工業国に負けない最新の設備をアピールするという狙いがあったものと思われます。
 その一方で「セブンイレブン」や「ファミリーマート」は日本並みに頻繁に見かけました。不思議なものですね。

 フアランポーン駅の話が出てきたのでついでに書いておきますと、
 ちょうど昔の上野駅みたいなもの、と各方面の情報では聞いてはいましたが、これがまたすごい。
 20両編成くらいまで止まれる長いプラットホームが11番線くらいまで並び、ここに各方面へ向けて長距離列車が発車を待っています。タイ国鉄は電化路線は現在のところ全くなく(1年後の空港アクセス新幹線開業で初めて電車が登場する予定ですが)、列車の大半が10両編成以上の長い客車列車です。
 後ろ側に2等車、前側に窓を開け放した冷房なし3等車を何両もつないだ長距離列車。瓶ジュースや果物を並べている売店。駅いっぱいに漂う鉄の匂い。日本の昭和30年代を思わせるこの光景に、すっかりとりこになっていました。

 あともう1つ、町中の至る所で犬を見かけました。
 その犬も、大半が
 「放し飼い」
 となっていて、首輪すら付いていません。
 連日の暑さに参っているのか、だらりと横になって寝ている犬も多く、日本の犬よりも人間味というか親しみを感じてしまいます。
 一方で猫は見かけませんでしたね。「シャム猫」発祥の地と云われているくらいですから、いそうなものですが。

プーケットタウンのロビンソン百貨店前。
日本と比べてやや雑然とした雰囲気のこの光景、タイの都市ではどこでも見られます。

9月27日

 タイへの新婚旅行から、無事戻ってくることができました。

 とにかく初めての海外旅行だったので、何もかもが初体験。
 出発の日まで、
 「無事に生きて帰れるだろうか」
 「日本人がいない場所で、コミュニケーションが取れるのだろうか」
 「病気や犯罪にあったりしないだろうか」
 「飛行機事故に巻き込まれないだろうか」←出発直前に目的地で大事故があった
 などと、我ながら心配の種が多かったです。
 でも旅行会社の現地人ガイドが、片言の日本語ながら何かとサポートしてくれたので、それだけでもまずはかなり助かりました。

 初日から4日目まで、プーケット島のホテルに宿泊しました。
 一応、日本語が話せるスタッフがいるとの情報でしたが、実際にはほとんど英語でのやりとりでした。
 新妻がほとんど英語を話せない中、僕が英語でホテルの人と交渉したり、食事メニューの解説をしてあげたり。
 僕の英語もしばらく使ったことがないので片言でしたが、それでも相当意味が通じたので、これで度胸がつきました。
 4日目の途中からは街に出てマクドナルドなどのお店に入って英語でメニューを頼んだりなどして、実戦的な行動に移っています(笑)。

 5日目でバンコクに移動。この日は現地人ガイド、他の観光客と一緒に1日観光でしたが、有名な王宮や寺院に入ったり、また市場に入って品物を買ったりの体験をしました。これで調子に乗ったか、6日目の終日自由行動ではさらに一歩進めて、国鉄の駅に入って列車を撮ったり、中心地の日系デパートに入ってお土産に現地の商品を大量に買い込んだり。

 この1週間で感じたのは、
 「度胸と、最小限のコミュニケーション力さえあれば、現地で生活していくことができそう」
 ということでした。
 タイ料理も思っていたよりは口に合うし(とんでもなく辛いのもありましたが)、ビールや酒も日本とあまり変わらないし、
 セブンイレブンやファミリーマートもたくさんあって気軽に買い物できるし、物価は安いし、
 こんなことを言ってあちこち歩き回っていたら、新妻から「怖いもの知らず」と言われました。

 ともあれ、現地の生活に触れ、初体験や新しい体験を数多くして、また一回り大きくなって日本に帰ってきました。
 書きたいことやお見せしたい写真は数多くありますが、機会を改めて少しずつここに記しましょう。

プーケットのホテルから。4日間をここでのんびり過ごしました。


9月17日

 今週から、新婚旅行に出かけます。

 結婚式からもうすぐ2ヶ月が過ぎようとしていますが、式を挙げた日がちょうど会社の忙しい時期に当たっていたので、
この時期を外し、夏休みも終わって少し落ちついたところで出かけようと決めていました。結婚式を挙げたらすぐに新婚旅行に出かける人、式を挙げても会社が忙しくて旅行を半年お預けにしている人、人それぞれですが..。
 ということで2人で決めた出発日は9月20日。
 目的地も「島でのんびり過ごしたい」「とにかく何もしない」という2人の意見が一致し、ビーチリゾートに自然と決まりましたが、一口にビーチといってもグアムやハワイから南太平洋、インド洋までいろいろな場所がある。旅行会社をいくつも回ってパンフレットをかき集めては眺めている日々が続きました。決め手となったのは、ホテルの内装や雰囲気と、ツアーの値段との釣り合いでしょうか。グアムやハワイだと定番過ぎて日本人も多く、沖縄辺りと大して変わらないような気がするし、彼女は高校の修学旅行でハワイに行ったことがあるので、候補から消滅しました。東南アジアはグアムよりは少し高いですが、個性豊かな文化に触れることができ、ホテルの内装もこの辺りの独自色が出ているので、この方面に出かけることに決めました。
 最終的に行き先をタイのプーケット島とバンコクにしましたが、プーケットでのんびり過ごし、帰りにバンコクに立ち寄ってエネルギッシュな人々の躍動を見たい、現地の食や文化にも触れてみたい、ついでに(これが主目的か?)かつて日本で走っていた中古の鉄道車両が海を渡って現地で活躍しているので、これを生で見たい、と思ったからです。旅行会社のプランも多くがプーケット数日+バンコク1日半を設定しており、1回の旅行で2度おいしい体験ができます。

 旅行会社やプランも数多くありますが、今回はH.I.S.にしました。「海外旅行といえば」というほど有名になったH.I.S.。それだけに安い値段で、かつ多彩なプランを用意してきています。バンコク半日観光プランも他の旅行会社にない内容でした。行き帰りの航空会社も、H.I.S.ではJAL指定、タイ国際航空指定、無指定の3種類があり、JALよりもタイ航空の方が安く、これは他のどの旅行会社よりもリーズナブルです。無指定はさらに若干お得になりますが、行きの航空会社と乗り継ぎ場所がどこになるか分かりません。無指定でお願いしたら、行き帰りと乗り継ぎ(プーケット行きは日本から直行便がなく、バンコク・スワンナプーム空港で乗り継ぎ)4便全てでタイ航空と出ました。
 現地滞在のホテルも、H.I.S.の方が他社より選択の幅が広いです。南国をイメージしたコテージタイプのホテルに決め、ここで4泊、横になって過ごします。そして時々外に出てビーチを歩いてみたり。

 といろいろ旅先での日々を想像しながら過ごしていたら、
 「プーケットで航空機炎上 死者88名」
 というニュースが飛び込んできました。
 まさに出かけようとしていたその目的地で事故が起きたのですから、 ガクブルものです。
 スコールの中で着陸しようとして失敗しオーバーラン、森に突っ込み爆発炎上したらしいです。
 格安航空会社の便ということですが、離着陸時のミスはどの航空会社であれほぼ同じ確率で起こり得ます。
 今はただ、自分たちが乗る便で決して事故が起こらないことを祈るばかりです。
 そしてプーケット空港に着いたら、今回の犠牲者、そして3年前の大津波で亡くなった5,400余りの魂に合掌し、冥福を祈りたいと思います。


9月9日

◎先週末、大学合唱団の同期生(6/7でご紹介した、二子玉川在住の同期生)が出演する合唱団演奏会に行ってきました。この合唱団、ネットで歌を歌いたいと呼びかけて自然発生的に集まり、そして結成されたそうですが、演奏曲目がフォーレの合唱曲、ジョン・ラターの'Gloria'など、本格的な楽曲に取り組んでいます。そして演奏もすばらしく、大変感激して帰ってきました。とても結成2年とは思えないハイレベルな演奏会でした。
 そしてもう1つ感激したのは、この演奏会に集まった大学時代の同期4人が、それぞれパートナーを連れてきたこと。4組8人の夫婦が一堂に会するという、空前絶後?の集まりになりました。デジカメ持ってくれば良かった。

◎昨日、新しくデジカメを購入しました。といっても得意の中古品ですが。
 購入したのはオリンパスのCAMEDIA X-200で、4年前に発売された製品です。ハードオフで3,150円で売られていました。
 アルカリ乾電池2個で動作するので、電池がなくなったときでもすぐにお店で買って補充できるので大変便利です。もっとも会社に行けばまだ使えるのに捨ててある電池が結構あって時々拾っているので買うまでの必要はありませんが。
 今まで使っていたカメラは7年前に、やはり中古で21,000円で購入したのですが、今時ズームもなく画素数が最大85万、メモリーが最大16MBなどというカメラは明らかに時代遅れになってきたこと、そして何よりも経年による故障が目立つようになってきて、撮影はできても撮影したデータを消去できなかったり、メモリーカードの読み込みエラーも頻発していました。ハードディスクビデオカメラ(静止画モード)や携帯電話はフラッシュが付いていないので、夜のスナップ写真も撮れるようにと、改めてデジカメを購入した次第です。
 従来機とは製造年は約5年の違いですが、最大画素数が320万、メモリーが256MB、単純計算にして従来機の16倍もの枚数の写真を取り込めるという訳です。メニューも豊富で、5年間の技術の発展を感じさせられました。
 まだ買ったばかりで使いこなせていませんが、新婚旅行に持っていってレポートします。

◎その新婚旅行も着々と準備を進めています。日程は9/20〜26、行き先はタイのプーケット島とバンコクに決めました。
 先週、旅行会社に行って申し込みの手続きをしました。地元のH.I.S.の支店に行って申し込んだのですが、たくさんのカップルで店内はいっぱい。さすがはH.I.S.のネームバリューです。旅行予定日が近づいていて、事前のネット情報では一部でツアーが満席になるなど少々焦りましたが、希望したコースはまだ余裕があって一安心。
 次に平日午前半休を取って市役所でパスポートを申請します(草加市民は県のパスポートセンターではなく市役所で取得するように指定)。まずパスポート窓口で必要書類を確認。次に市民課で戸籍謄本を取り、一旦市役所を出て近所の写真屋さんで証明写真を撮ってもらいます。再び窓口に戻って、必要事項を記入して申請します。引換証が手渡されますので、これに収入印紙11,000円分(5年用)を貼り付け準備します。パスポートの交付は1週間後。これを受け取れば、晴れて海外出発の資格がもらえるという訳です。あとはスーツケースや電圧変換やらガイドブックなど、準備はまだ続きます。


9月2日

 公的手続きが、まだ続いています。
 先日、愛車を車検に出しました。
 購入してから早いもので13年の月日が流れています。僕にとってはまだまだ新車だと思っていたのですが..

 7月からアパート住まいを始めるにあたって、この愛車も連れてきました。
 車がないと、実家との行き来に不便なもので。
 そして車検を通す際に、今まで亡き父の名義になっていたのを自分の名義に変更することにしました。

 とはいったものの、この手続きが実に面倒なこと。
 車の所有権の移転はかなり厳格で、法律上の相続に等しい内容です。そしてたくさんの書類を準備しておかなくてはなりません。
 整備工場担当者からの指示に従って、証明を取りに市役所に行ったり不動産屋に出かけたりします。
 とりあえず一旦通常通りに車検を通し、その間に書類の準備を進めます。
 必要な書類が
 ・除籍謄本(前所有者が亡くなったことを証明する戸籍謄本)
 ・印鑑証明を家族全員分+新所有者はもう1部
 ・家族全員の実印(登録印)
 ・現住所の車庫証明(大家さんの押印があるもの)これは書類を不動産業者に提出し手続きを取りました。
 そして家族3人に半日予定を空けてもらって、揃って整備工場に出頭します。
 ここで陸運事務所提出用の書式に、家族3人全員住所氏名を記入し、実印を押して証明とします。
 さらに今回引越に伴って、管轄の陸運事務所が大宮から春日部に変わったので、ナンバープレートも付け替えることになりました。永年親しんだ大宮ナンバーでなくなるのは残念ですが、名前が変わって新規一転ということで。
 陸運事務所への書類の提出は整備工場に依頼しましたが、この手続きにまた1週間かかります。
 手続き完了の連絡が入ったら、改めて車を整備工場に回送します。この車を整備工場が陸運事務所に持っていって、平日の半日で付け替え、ようやく全ての手続きが完了です。
 春日部ナンバーを付けた愛車は、今までとまた違った表情を見せてくれるようです。

 免許証の書き換えも行ないました。
 市役所で本籍記載の住民票(本籍が変わったので)を発行してもらい、これを持参して鴻巣の免許センターまで出かけてきました。こちらはほんの10分の待ち時間であっけなく上がりましたが、実は書き換えといっても表面は変わることなく、裏側に新住所と「本籍変更」の記述が追加(新本籍は電磁データとして書き込み)される程度。表から見ると旧住所のままなので、そうか、だから10分で手続きが済んだのか、と一人納得。

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