思い立って、鎌倉と江ノ島に行ってきました。
東京から1時間の行きやすいロケーションにありながら、機会がなければなかなか行くことがないもので、
前回訪れてから早くも16年もの歳月が流れてしまいました。
16年前といえば大学時代、合唱団の仲間10数人で訪れたこと。さすがに16年も経つと、記憶が相当風化しています。
鎌倉駅を降り、小町通りをそぞろ歩きます。
雨上がりの午後というのに、大勢の旅行者でにぎわっています。
20年くらい前、初詣に家族で行ったときは、大混雑の横でせんべいを焼いて商売していた店があったのを覚えていますが、
今やこの通りはせんべいどころか、クレープにコロッケにいもソフトクリームにと、もう何でもあり。
思わぬ出費と太りすぎにはご用心、というところでしょうか。
鶴岡八幡宮は境内に広い池がありますが、今回初めて池をゆっくり回ってきました。
スッポン、ミドリガメ、鯉、黒い鳩、白い鳩、猫、そして野生のリスまでもが現れる生き物のるつぼ。
池の鯉は餌をまくと、大きな口を開けて群がります。よほどの食いしん坊か飢えているのか。
建長寺、円覚寺、長谷大仏と回り、江ノ電に乗って移動します。
江ノ電は16年の間に新型車両の数が増えましたが、旧型車もまだ2本が残っています。
腰越で降り、路面区間の道路を歩きます。商店街の通りを電車が行き交う特異な光景。
路面区間の終わりから海岸に出て、江ノ島へと歩を進めます。
島を一周する歩道を歩くと、あちらこちらで猫と出会います。
20年前に行ったときほどの数ではなかったですが、それでもそのかわいらしさに目を奪われます。
しかし江ノ島の歩道は階段だらけ。こんなにアップダウンが多かったとは..。
ともかく、久しぶりに鎌倉・江ノ島定番スポットを巡り、失いかけていた記憶を取り戻しました。
いやあ改めて鎌倉・江ノ島の良さを見直しましたね。次は少しマイナーな場所をのぞいてみようか。
最近「バリアフリー」という言葉が、あちこちで聞こえてきます。
先日開催された会社主催の展示会を見に行きましたが、
大きな文字表示の携帯電話や金融ATM,ホームページの作り方など、日常生活の細かいところにバリアフリーの考え方が入り込みつつあるようです。
駅にはエレベーターやエスカレーターが増え、電車や路線バスには車イス用のスペースが設けられるようになりました。
その一方で、バリアフリー非対応という理由で、まだ新しいハイデッカー特急車両が廃車になったりしています。とても残念というよりほかありません。
前置きはこのくらいにして、
会社の飲み会で、赤坂に行ったときのことです。
割合最近できたお店のようで、木目の内装とイスの座り心地が良く、しかも3,800円で3時間飲み放題と、
東京の一等地とは思えないほど安い値段で、飲食を満喫することができました。
ただ1つ、気になったことがあります。
トイレに行こうと席を立っても、トイレらしき案内表示がどこにもないこと。
店員さんにたずねて大方の場所が分かったとしても、
今度は入口の3枚の扉で戸惑います。
1枚は「STAFF ONLY」とあるのでトイレではないようです。
1枚は黒のワンポイントマーク、1枚は赤のマーク。
(それも普通のトイレに見られるような人の形をした絵ではありませんです)
生活の知恵で、男子用は黒だろうと判断して入りましたが、
もしこれが、色覚異常の人だったらどうするでしょう。
色による判断ができないので、間違った方に入ってしまうことがあり得ます。
他にも、男子用と女子用で色を区別する概念のない国の人が見たら、とか、
日本語や英語の分からない外国人から見たら、とか。
こうして考えると、我々健常者の身の回りも実は障壁が多く、その大半を「常識」による判断で解決させているようです。
では常識を知らない人、気が付かない人の立場はどうするのか。
それを解決するのが、店員さんや付き添いの人とのコミュニケーションでしょう。
コミュニケーションを通して、いろいろ気が付かなかったことが集められます。
集められた意見や行動を通して気付き、改善してゆくこと。
これこそが、真のバリアフリーに向けた行動なのでしょう。
今年も、大学合唱団の新歓コンパに行って来ました。
新入生が15人も入り、1〜4年生の全団員数が50人を超えてますます活気があふれています。
しかし、最近の現役生と付き合っていると、歳の差を感じるようになってきました。
20代前半のノリに、体がついていけなくなってきています。
自分の体が年寄りの体になってきたからかもしれません。
それもそのはず、僕が大学を出てから早いもので満13年を経過しています。
大学に入学してから現在までの年数を計算すると....17年!!
大学入学当時に生まれた赤ちゃんが、今や高校3年になっているのです。
ということは、僕は平成元年入学でしたから、来年、大学には「平成生まれ」が入学してくることになる!!
僕の学生時代の毎日が、ついこの間のことのはずだったのに。
それを知らしめるかのような事実がすでに起こっています。
今年の新入生で、現役合格者は昭和62年4月以降の生まれ。
そうです。「国鉄」を知らない世代が入学してきたのです。
僕にとって、これは衝撃的な事実です。
良き青春時代を共に過ごした「国鉄」が民営化されたのが、やっぱりこの間のことのはずだったのに、
あれからもう20年近くの年月が流れようとしているではありませんか。
以前放送されたトリビアネタで、「歳を取るほど時間が過ぎるのが短く感じられる現象を、」とかいうのがありましたが、
同じ4年間でも、小学校時代と大学時代、社会人時代とを比べると、
実際には社会人時代が最も長い時間を過ごしているのに、体感では小学校時代が最も長く感じられるのですね。
本当に不思議なことですね、どうしてでしょう。言われるまで気が付かなかったですが。
毎日仕事に追われまくる現在と比べてそれだけ日常に新しい発見が多く、毎日が生き生きしていたからなのでしょうか。
もし、1年間世界中を自由に旅行できる機会とお金を与えられ、それを実行したならば、
果たしてその1年間は長く感じるのでしょうか、短く感じるのでしょうか。
今年も大型連休が過ぎ去っていきました。
後半の5日連休は4泊の旅行と、残り1日も外出でめいっぱいスケジュールが埋まりました。
今回のツアーは、まだ乗っていない路線を着実につぶしていくプロジェクトです。
名古屋から特急<しらさぎ>に乗り新垂井下り線を回って米原、北陸線で敦賀、小浜線、舞鶴線、北近畿タンゴ鉄道を制覇し、播但線を南下して姫路、大阪を通って近江鉄道、信楽高原鉄道、美濃赤坂支線、最後に名古屋周辺であおなみ線、リニモ線、廃止が予定されている桃花台新交通ピーチライナー線と、朝から晩まで徹底的に路線を乗り回す行程です。
で、結果はというと、
とにかく疲れました。4日間の限られた時間の中でひたすら列車を乗り継ぎ、駅や観光地を走り回り、夜も地下鉄を乗りつぶしたり、朝は列車に間に合うように時間を決めて起きたり。
これは旅行というよりか「修行」ですね。鉄の道を極める修行。
ビジネスホテルのベッドが自宅のふとんよりも堅くてなかなか寝付けなかったのも、一層「修行」の性格を増しているようで。
おまけに旅行から帰ってもすぐに仕事の山、残業の嵐。疲労の度合がピークに達しています。
何とかわずかな気力を振りしぼって、この文を書いています。
でもツアーで撮った写真を見返すと、行った先々の良い体験を思い出し、少しは元気が出てくるものなんですね。
その写真は近々公開の予定です。お楽しみに。
4月に入って会社の組織体系が変わり、急に忙しくなりました。
おかげさまでこのページの更新も軒並み遅れる始末。
おまけに今日は真夏のような暑さで、体調がおかしくなりそうです。
救いは今日が休みを取れたこと。とはいえ雑用と、連休の旅行の準備で動き回っているうちに1日つぶれてしまいます。
そんな中の昨日、大学合唱団の後輩達が所属している音楽団体のコンサートがあり、横浜まで半日かけて出かけてきました。
演奏会のお誘いは立て続けに来るもので、4月1日の大倉山に続いて今月2回目です。
この音楽団体のコンサートは2部構成になっており、第1部はアマチュアの発表会のスタイルを取ります。
小中学生がピアノを弾いたり、50から60代とおぼしき方々の弦楽三重奏や声楽など、様々な年代の人達がいろいろな表現で演奏します。
大学合唱団の先輩や後輩も出演し、それぞれ見事な演奏を披露してくださいました。さすがは我が大学の合唱団。
途中に休憩を30分はさみ、後半の第2部はプロの歌い手の方々が登場する少し本格的なステージです。
第2部は入場料を取りますが、プロの先生方が出演とだけあって、ホールはたくさんの観客で埋まります。
合唱、ソリストの独唱、そして「カルメン」の名場面集、と演目は進み、最後は全員で合唱して締めくくりました。
また1つ、いい舞台を見させてもらって、感激して帰ってきました。
ちなみに演奏会の会場となったのは、あの神奈川県民ホールです。
神奈川県民ホールといえば、大物アーティストのコンサートがよく開かれる場所、その聖地?を堂々と借りて発表会を開けるのですから、さぞかし財政がしっかりとした団体なのでしょう。ただし大ではなく小ホールではありますが。
実は去年の発表会も、神奈川県民ホールの小ホールでした。その日、大ホールの方では、「ウルフルズ」のコンサートが開かれており、お隣のものすごいにぎわいを見るに付けちょっぴり寂しい思いをしましたとさ?....でも演奏はきっと負けていませんでしたが。
今年のお隣はオーケストラの定期演奏会だったので、異常なくらいのにぎわいもなく、まあ良かったのではないのでしょうか、と答えになっていませんが。