メゾン 道の果て

週観 道の果てから

1月31日

 mixi(ミクシィ)会員になりました。
 昨今、ネットのあちこちでmixiという言葉をお目にかけるようになり、存在は知っていたのですが、
 mixi会員のお友達という縁がなく、今までその内容を見たことがありませんでした。
 きっかけは大学合唱団の後輩からのメールでした。
 後輩がお誘いでmixiに入会し、「日記を始めました」というメールが届いたので、その縁で僕も晴れて入会、となった訳です。

 ご招待メールから会員登録を行ない、mixiに初めてエントリーしました。
 誘ってくれた後輩のページを早速のぞいてみると、友人登録が7人入っています。
 そのうち1人が僕であることは言うまでもありません。
 その友人登録の中に、別の後輩の名前がありました。
 ブログ形式で提供されている日記には、結婚間近の彼が新生活の準備を整えている日々の記録を書き込んでいて、
 遠くない将来の自分にとっても参考になりました。
 さらにそのページの友人登録には、また別の後輩のページがあって、
 もう1つたどると、大学合唱団のグループ登録に行き着きました。
 何と、我が合唱団の現役団員の約半数が、mixi会員になっているではありませんか!!
 皆さん盛んにその日の出来事を書き込んでいます。合唱団の部室に置かれた雑記帳よろしく。

 mixiの機能の1つに、「日記」があります。
 昨日からブログ日記を始めてみました。
 この「道の果て」のようにかしこまらなくても、ほんの数行書き込みをする。FTPソフトもいらず、気楽です。
 あまりにも気楽に書けるので、このままほぼ毎日続けていきたいと思います。
 内容は「道の果て」よりも軽い、どうでもいいような書き込みが多くなりますが..。

 mixiの機能は数多く、これからさらに使いこなしてゆくことだろうと思います。
 mixiは会員制です。このページを見られている方で、mixi版の日記も見てみたい、自分のブログも見てほしい、という方はぜひメールください。折り返しご招待メールをお送りします(要会員登録)。
 既にmixi会員になられている後輩の皆様、これからあいさつ回りのメッセージを送るかもしれません。その際はどうか暖かく迎えてあげてくださいよろしくお願いします。


1月27日

 通勤バッグを買い換えました。
 従来のバッグは9年前の春、子会社から親会社に移ったときに買った革製の一品で、約1万数千円で買った覚えがあります。
 毎日の通勤に、いろいろな書類を入れたり、ノートパソコンや雑誌や電子機器を入れたり、
 時に菓子やカップラーメンや急須を入れたり、9年の長きに渡って大活躍していました。
 しかし9年も経つと各部の劣化が進んできた上に、
 昨年秋、手提げ部分の縫い目が突然切れて外れるというアクシデントが発生し、それ以来手でカバンを抱えながら持ち歩いていました。
 さすがに持ち運びにも不自由するので、ついに買い換えを決意したというまでです。

 買い換えにあたって、世の中の男性陣がどんなバッグを持って通勤しているか、電車の中でつぶさに観察しました。
 高級そうな革カバンやアタッシュケースを持っている人は、意外に少数派でした。
 大半の人々が、あまり高くなさそうな合成繊維でできた黒カバンを提げて出勤しています。
 不景気が続いた時代、通勤カバン1つ取っても質実剛健を求めてきたのでしょう。
 そして通勤だけでなく、休日の都内でも、黒カバン族が幅を効かせています。
 秋葉原を行き交う私服姿の男性が持っているバッグの半数はリュックですが、それに次いで多いのが黒カバンでした。
 ということは、平日休日公私問わず常に持って歩けるというわけですね。

 それで、秋葉原に寄ったついでに免税店のカバン屋さんにふらりと入ってみました。
 黒の合成繊維カバンが至る所にたくさんぶら下がっています。他の色はなく見事なまでに黒・黒・黒のカバン達。
 お値段も1000円から高くても5000円弱まで、形も様々です。
 1000円の品でちょうどお気に入りのスタイルがありました。
 サイドにファスナー付きポケットが2つ、スナップ1個だけのオープンポケットが1つ。
 オープンポケットはちょっとした小物を放り込むのに大変便利です。
 手提げ、肩提げの両方が可能なのも黒カバンならでは。
 このカバンを買って帰り、今週の日曜から早速活躍を始めています。
 1万数千円の後継が1000円とは格差があり過ぎですが、
 出かけるときの最大のパートナーとして、末永くお付き合いすることになるでしょう。


1月21日

 会社の同じ統括部のメンバーが、年明け早々にクモ膜下出血で倒れ、亡くなってしまいました。
 享年46歳。まだ若く、これからさらに大きく活躍されるだろうと思われた矢先の訃報に、ただ驚いています。

 その人とは同じ統括部で3年余りにわたって、同じ職場で仕事をしていました。
 仕事の内容は本社営業部門の端末の管理。
 僕が担当している部門とは全く異なった仕事をしていましたが、机がすぐ近くにあり、よく会話を交わしたり、頼み事をしたりする仲でした。
 以前宴会でご一緒したとき、
 「昔は月残業200時間を普通にやっていた、休みがほとんどなかった」
 と答えられ、大変びっくりしたことがありました。
 月200時間といえば、平日毎日深夜まで+土曜日曜も夜までフル出勤、という計算になります。
 今労働基準監督署が聞いたらすっ飛んでくるような違法残業ぶりでしたが、
 もしかすると、こうした過去の体の酷使が、今になってたたってきたのかもしれません。
 昨年末の納会でも一緒に会話して、また来年もお互いにがんばっていきましょう、とあいさつしたのですが、
 まさかこのあいさつが最後の会話になってしまうなんて..。

 ご自宅のある茨城県筑西市まで出かけ、葬儀に参列してきました。
 会社関係者多数の他、地元の有力者も数多く名を連ねていました。
 子供さんが小学生から高校生くらいまで3人?いらっしゃいました。
 長男が涙をこらえながら参列者へのあいさつを読み上げていたのが印象に残りました。

 人当たりも良く、営業現場からの信頼も大変厚く、
 そして会社に限らず地元の人達との親交も深かった。
 それだけに、こんなに早く逝ってしまったのがなおさら惜しまれます。
 ここに改めて、亡くなられた氏のご冥福をお祈り申し上げます。


1月12日

 本年もよろしくです。

 月並みなあいさつの後は、月並みな話題で始めることにして。
 先月、東武の「田舎電車」5000系に栃木県まで乗りに行ったときのことです(詳細。その後5000系は12月30日まで宇都宮線で運用を続けましたが、後継の転入により現役で新年を迎えることはできなかったそうです)。
 帰りがけに栃木で下車し、駅前のセブンイレブンに立ち寄ってみました。
 次の区間快速(ボックスシート)でくつろごうと、軽く酒とつまみを買う目的で入ったのですが、
 目が行く先はいつもカップ麺のコーナー。
 そこには東京や埼玉のセブンイレブンで見かけない、発売地域限定のカップ麺がありました。
 その名は明星の「地域の名店シリーズ」。
 このカップ麺自体、セブンイレブン限定で発売されているのですが、
 ただのセブンイレブン限定ではなく、発売地域まで限定しているようです。
 栃木駅前のセブンイレブンで売られていたのは第1号の、新潟県燕市の「潤」でした。
 埼玉のセブンイレブンでは見かけなかったので、ここで買い求めておきます。

 その後地元埼玉と東京のセブンイレブンも同様に観察してみました。
 埼玉では第2号、新座市の「ぜんや」と、第4号、白岡町の「もちもちの木」(地元!!)が、競うような格好で置かれていました。
 東京の店では「もちもちの木」だけが置いてあるようです。
 さらに他の県ではどうだろうか。先週改めて、今度は車で茨城(古河市)、栃木(大平町,佐野市)、群馬(館林市)のセブンイレブンを一回りしてみました。埼玉・茨城・栃木・群馬の4県の県境が近接していて、1時間半あれば4つの県の店を回ることができます。
 結果は....群馬は発売なし、栃木・茨城は共に「潤」のみ、でした。
 帰宅後、セブンイレブンのページに入り、他にどんな商品があるかチェックしました。
 本日現在では、第3号「てつや」(札幌市)、第5号「龍上海」(南陽市)というのもあるそうです。
 「てつや」は北海道の他、都内の一部店舗で入手可能とのこと。「龍上海」は東北限定でした。

 このテーマのネタ集めの最中に、カップヌードル生みの親である、日清食品の安藤会長が5日に亡くなられてしまいました。
 インスタントラーメンを開発し、それを国内のみならず全世界に広めた氏の偉業をしのびつつ、今宵はカップ麺で献杯を。

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