先日、子供の中学校の合唱コンクールが市民ホールで開催されるということで、見に行ってきました。
市内の各中学校が日ごとに交代でホールを使い発表するそうです。自分の中学生時代は会場が学校の体育館、保護者の見学なしだったので、市民ホールを借りて親が見学もできるという市の対応に驚いています。
ステージは学年ごとに3部構成で、保護者の見学は各学年ブロックで総入れ替えとしています。
最初のブロックが1年生でした。選曲はクラスごとに行なっています。我が子供のクラスは「旅立ちの時」。長野パラリンピックのテーマ曲で、僕もこの原曲(インストゥルメンタル)の入ったアルバムをよく聴いていたのでなじみ深いです。子供達も、ジブリ映画の多くの曲を作った人、ということで理解が早かったです。日頃の練習の成果を十分に発揮し、なかなかの素晴らしい演奏を披露してくれました。他のクラスも同様で、指揮者の動き、歌い手の表情、ハーモニーや音の強弱、アクセント、いろいろな場面でクラスごとの個性が光りました。
中学生達の演奏を観賞しながら、自分が合唱を一時好きになっていた過去を振り返っていました。
自分の中学時代は、今よりも曲のレパートリーは少なかったですが、それでもクラスごとに曲がかぶるというのはあまりなかったように思います。当時は「翼をください」「飛び出せ青春」のような、昭和40年代グループサウンズを四部混声に編曲したのが流行でした。
全員が同じ旋律を歌う斉唱と違い、男女別に4声に分かれてそれぞれのパートを歌いますが、主旋律での出番が少ないテナー、ほとんどないバスは訳の分からないメロディーを歌わされることになり、ふてくされ気味の男子はまともに練習に向き合わず女子によく怒られていました。しかしそんな訳の分からない旋律でも、他のパートとぴったりハモると見事に美しい、かっこいいメロディーに化けることを発見し、この快感を味わいたいと一人で一生懸命練習に励んでいました。これが合唱好きの原点だったと思います。
また当時の指揮者役がクラスで一番勉強のできる女子で、彼女に学力で追いつきたいとがんばっているうちに、いつしか想いを寄せるようになりました。彼女はクラスの中でも特に控え目な性格だったのですが、知性で、音楽表現で才能をちらりと見せるところに惹かれたのでしょう。彼女を振り向かせたい、と思って他の男子よりも人一倍練習に力を入れていたのも思い出です。
大学で混声合唱団に入り4年間続けたのも、卒業後も現役生と交流を続け合同ステージに出させてもらったのも、すべてはここから始まったと思っています。
今回のコンクールを通して、子供も合唱の魅力に気づいたようです。発表前日も風呂場から歌声が聞こえてきました。高校進学してから部活動でどのような進路を進んでゆくのか、親としても楽しみが増えました。
(8/30 前編からの続き)
続いて座面に布を張ってゆきます。座面がおよそ40cm四方なので、座面シートの高さ4cm×2と張りしろの余裕をみて縦横53cm程度にカットします。
座面シートの上からカットした布をかぶせ、一端を押さえながら椅子を横倒しし、座面の裏側からタッカーで針を刺し固定します。刺した針の数は40本程度で製品時代の約半分かつ、奥まで行き届かず針が曲がった箇所も多いですが、ひとまず布がしっかり張れた状態で固定できれば十分と考えます。
自分ができる作業はここまで。背もたれ部分は緊急度が座面ほど高くないので、一旦この状態でデスクワークを続けます。座面を新しくしただけでも、夏場のじめっとした感触や臭いがなくなり快適です。水拭きでお手入れもできるようになりましたし。
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一方で背もたれは上から下にすぼまってゆく特殊形状で、製品状態は伸縮可能な生地で座布団カバーのようなものを作り、上からかぶせて下の部分でジッパー留めしています。今回の生地は伸縮しないので、すぼまった下の寸法で作ると上からかぶせることができません。どうしたものかと考え、工業用ミシンを持っている妻に相談すると、製品の背もたれ生地は捨てずに再利用し、上からかぶせるカバーとして上下同一寸法で作ってしまえばよい、との考えで、幅47×高さ55cmの袋状のカバーを作ってくれました。それほど急がないとは言ったのですが、気が付いたら2ヶ月が経過していた、という次第です(更新をさぼっていた訳ではありませんが)。
装着して使ってみました。写真では背もたれ部分がふっくらしているように見えますが、実際には何も入れていません。この状態で繰り返しもたれると、腰の部分が後ろに引っ張られてV字状のしわが入ってしまいます。対策として厚さ3cm程度のクッション(薄手の枕)を入れてかぶせるとかなり解消されるようです。

かくしてようやくワークチェアの張り替えを完遂しました。濃いピンク色の布地は、デビュー当初の211系の座席を想起させる一方で、撥水性生地の触り心地はさらっとワイルドで、今までにない感触です。
張り替えにかかった費用は材料費だけで1595円。生地をより好みすればもっとかかります。この椅子と同等のものを新品で買うと5000円台からしますが、先日自転車で通りかかった中古事務用品店の店先で300円の値札が貼ってあるのを見ました。今回張り替えた椅子も元は550円(!)で入手したものですが、自分だけのオリジナルを作れること(世界に一つだけの椅子..)や3Rの精神からみれば、値段にはかえられない経験を積めたと思います。これからの世の中がAI主導で動いてゆく中で、人間が人間らしくできることは何かと考えると、自分にできる、できそうなことはなるべく自分の力で挑戦し、その過程を楽しみ共有する心の余裕が求められているのかもしれません。
(前編からの続き)
13:48糸魚川発の<はくたか564号>で長野へ移動します。所要36分。在来線をこのまま乗り継いでいくと長野に着くのが夕方になってしまうので時短効果は大変大きいです。
長野到着後、次の乗車列車となる15:45発しなの本線までは約1時間20分も空きがあります。チームはここで一旦解散して自由行動とし、それぞれ思い思いに時間を過ごします。僕ですが、少し先の戸倉に行きたい場所があったので、1本早い長野15:05発で先行し、用事が終わったら所定の列車に戸倉で合流、ということにしました。
長野15:05発はしなの鉄道が近年導入を進めている新型車輌SR1系です。既に当線の列車の8割がこの車輌に置き換わっています。2両で1編成を組み、車内は運転室側がロングシート,連結面側がボックスシート4つの近郊形配置で、通勤と長距離利用の両方に配慮されているのはありがたいです。乗り心地はさすが新型車輌で、揺れがほとんどなくすーっと進むような感覚です。
クモハSR112-303
戸倉15:32着。次の電車まで40分しかないので、目的地へは駆け足で向かいます。徒歩所要25分のところを約半分の時間で到着しました。
「万葉超音波温泉」に保存されているクハ115-1106。東北線由来の115系最後の1両です。昭和53年新製、小山電車区に配属され東北線を中心に活躍していました。小学校時代、いつも見ていた115系と窓配置が違う車輌がいることに気づいたのが、この車輌との最初の出会いでした。そしてここから自分の115系研究沼が始まったと思っています。高校,大学時代に電車通学でよくお世話になっただけに思い入れは深いです。平成14年に東北線を離れ、現在の新長野色に塗り替えられて松本に転属、中央東線に活躍の場を移しました。平成27年に引退後、長野県内のスキー場待合室を経て現在地に移設されています。移設にあたってはクラウドファンディングによる資金収集が行なわれ、補修再塗装で美しく蘇っています。
当日は車内が公開され、各種グッズ類が販売されていました。特製クリアファイルを購入しお布施しておきます。

時間があれば温泉施設でゆっくりしたいところですが、来た道を急いで戻り、戸倉16:13発の所定列車で再合流します。本日のツアーもう1つの目的が、しなの鉄道で今も現役の115系を乗り倒すこと。長野15:45に始まり小諸→田中→軽井沢→小諸→軽井沢と5本の列車を乗り継いで115系を存分に楽しむ行程を組みました。
所定列車はしなの鉄道色の編成が入っていました。しなの鉄道の115系は現時点で在籍6編成。このしなの鉄道色の他湘南色,横須賀色,初代長野色,特別ラッピングと「ろくもん」専用色と、各編成で装いが違っています。
先に乗ったSR1系と比べると、115系はコイルバネ台車を使っている分、小刻みな揺れが多いです。時たま上下に激しく揺れることもあります。これも今や国鉄車輌の魅力。
クモハ115-1004
小諸16:51着。列車は回送で引き上げとなります。
12分の待ち合わせで下り長野行きがやってきます。こちらは湘南色の編成が入っていました。
クモハ115-1013
田中で下車して湘南色を見送り、5分後の17:18に来る上り軽井沢行きを待ちます。今度は横須賀色の編成が来ました。
この時期は日の入りも早く、小諸に戻る頃にはかなり暗くなっていました。そして軽井沢ではすっかり夜に。
到着後、同じ車輌で小諸までさらに1往復します。軽井沢18:02発→小諸18:26着,18:54発→軽井沢19:20着、の行程です。
小諸駅前は古びた飲み屋街はありますがコンビニの1軒も見かけません(後で調べたら目立たないところに1軒ありました)。駅前の公園にはイルミネーションが灯り、ハロウィーンの飾り付けで訪れる人を和ませてくれます。
クモハ115-1527
軽井沢まで戻ります。ここまで乗車時間3時間余り、独特の揺れとモーター音で、骨の髄までみっちり115系を体感できました。帰りに乗った新幹線<あさま630号>が天使のようでした(笑)。
ツアー決行日が鉄道記念日近くの3連休だったのでイベントも期待していたのですが、直江津のレールパーク公開は惜しくも前日のみ、坂城の169系公開は2週間後と日程が合わず..それでも普段着に近い姿の国鉄車輌を満喫できて、参加者一同揃って大満足の一日となりました。
12日に、高校時代の仲間4人で日帰り鉄旅行に出かけてきました。この仲間で小旅行に出るのは3年前の小湊・いすみ鉄道以来です。
今回は「国鉄時代の電車を堪能するツアー」として仲間が発案したもので、目的地は新潟県のえちごトキめき鉄道と長野県のしなの鉄道です。自分も目的の列車運用をネットで調べて提案するなど楽しみながら企画に携わりました。新幹線を使うのでJR東日本の「えきねっと」で初めて指定券をネット予約しました。シートマップ情報をメールで共有して各自で座席を予約するとともに、モバイルSuicaや交通系ICカードのID番号を入力してこれらで新幹線の自動改札を通れるようにします。手持ちのPASMOで新潟県の新幹線自動改札が通れるようになるとのことですが、紐づけ作業で本当に通行できるのか多少の不安感があったりします。
当日は大宮駅を旅の起点とします。予約を紐づけしたPASMOで新幹線改札を無事に通過し、8:17発<はくたか553号>に乗り込みます。連休2日目ということもあり、観光客を中心に座席はほぼ埋まっています。
上越妙高には9:54着。えちごトキめき鉄道に乗り換え、10:13の普通直江津行きを待ちます。ここで本日最初の目的となる列車、413/455系がやってきます。
413系は国鉄最末期に、老朽化した急行形車輌471/473系の機器を利用して車体を新製した近郊形ですが、当時の国鉄の財政事情を反映して一部の編成では片側の先頭車を、製造年次の比較的新しい455系急行形中間車を利用して車体は新製せず、先頭化改造のみして413系の編成に組み込む措置が取られました。
今回乗車するのはその先頭化改造車クハ455-701と、413系モハ412-6,クモハ413-6の編成です。クハ455-701は昭和46年生まれのサハ455-1を先頭車に改造。同時に通勤通学対応でデッキ仕切りを取り払い一部座席をロングシート化しましたが、くすんだ桜色系の内装色などに昭和の急行形車輌の特徴を色濃く残しています。車内に足を踏み入れた途端、国鉄の長距離列車独特の匂いとともに懐かしさがこみ上げてきました。残りの413系2輌は昭和62年製で、内装色は当時流行のアイボリー系柄入りです。413系は当初は赤に白帯、後に白に青帯→青単色塗りと変化しましたが、えちごトキめき鉄道でリバイバル急行を運転するにあたり、455系がかつてまとっていた交直流急行色に初めて塗り替えられました。
413/455系の運用は土休日に直江津起点で妙高高原まで普通列車1往復〜市振まで急行2往復、というのが基本です(イベント対応などで変更される場合あり)。この普通列車は続きとなる急行2往復に向けての足慣らしといったところで、ゆったりとしたスピードで稲刈りの終わった田園地帯を横切ります。
クハ455-701/ET127-9 上越妙高にて
直江津10:29着。次の<急行1号>まで1時間待ちの間、駅前に出て昼食用に駅弁を買い込みます。雨の予報でしたが実際には降らず、時折晴れ間も見えるまずまずの天気です。寂れた駅前通りを海岸まで歩きます。直江津には11年前の冬にも旅行で訪れたことがありますが、激しい雷雪を駅前の小料理屋でやり過ごした記憶が蘇ります。
発車時間が近づいて来たので駅に戻ると、えちごトキめき鉄道の元E127系初代新潟色,横須賀色ラッピング車が入線していました。ステンレスの味気ない通勤形車輌も、ラッピング一つで旧型国電風に見事に化けられるのですから、職人技に驚きます。
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ET126-8/ET127-1 |
<急行1号>で413/455系に再び乗車します。直江津11:31発で所要約1時間21分、最高時速100km/hで小駅を次々すっ飛ばしたかと思えば途中駅で数分ずつ止まって撮影タイムとなったり、ファン心理をくすぐるダイヤ設定に感激してしまいます。右側に広がる日本海の絶景を眺めながらいただく駅弁のうまいこと。
市振12:52着。22分後に<急行2号>として折り返しとなります。歩いて8分のところに魚介で知られる道の駅があるそうですが時間がないので、今回は駅周辺から出ずにおとなしく駅と海を眺めて待ちます。構内ではファンが思い思いに写真を撮ったりして、有意義なひとときを過ごしています。
クモハ413-6
糸魚川に戻り、16分の乗り換え時間で南口高架下にある「糸魚川ジオステーション ジオパル」に立ち寄ります。大糸北線を走っていたキハ52 156や、トワイライトエクスプレスの実物大内装モックアップが展示してあり、これだけでも十分に楽しめましたが、予想外だったのがその奥にあるNゲージレイアウト。どうせ大きくはないだろうと見くびっていたら、実は縦横5メートル四方はある巨大ジオラマ、しかも糸魚川駅周辺などのイメージがかなり作り込まれていて16分ではとても見切れず、後ろ髪を引かれる思いでジオパルを後にしました。機会を改めて再訪しじっくり味わいたいスポットです。
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