平成22年2月11日更新
(2日目:11月29日(日)後編)
市内を西へ歩き、JRの奈良駅に向かう。奈良駅は高架化工事の真っ最中で、関西線や奈良線は既に新しい高架ホームから発着している。高架化とともに駅舎も変わることになっており、長く親しまれた旧駅舎は移転して観光案内所となっている。
関西線の<大和路快速>で法隆寺に行く。昨日乗り損ねた221系が使用されている。221系もデビューから20年経ったが、そのデザインの美しさ、全席転換シートの豪華な内装は今でも全く色あせていない。

3駅目の法隆寺で下車した。法隆寺駅から法隆寺までは北へ徒歩約20分。路線バスも頻繁に運行されているが、歩いて向かうことにした。京都や奈良と違い法隆寺へのアプローチは、直前まで古い建物や史跡の1つもなく、その代わりに幹線道路沿いの商店やファミリーレストランが目に付き、ここが本当に世界遺産の町なのかと思ってしまうほど、どこにでもある普通の田舎町(失礼)である。
しかし、法隆寺の参道に足を踏み入れた途端、雰囲気は一変する。何か厳かなものが重みを持って迫ってくるような感覚。参道の先に南大門があり、その向こうに五重塔が見える。
法隆寺の境内は意外に広く、見学コースも大きく3つのブロックに分かれている。1つは西院伽藍(五重塔と金堂)、1つは大宝蔵院(資料館)、そしてもう1つが東院伽藍(夢殿)だ。入場券も3ブロックそれぞれで半券を切るような形。
五重塔や金堂は飛鳥時代に建てられた、世界最古の木造建築と伝えられる建物。長年の風雪に耐えてきた古い建物はそれだけでも重みあるものだが、境内の手入れが行き届いているせいか、なおのこと一層歴史を語っているように感じる。それ以外の建造物群も軒並み平安,鎌倉期建築で、古式ゆかしさに花を添えている。これらの中にあって大宝蔵院のみがコンクリート造りのやや異質な建物で、玉虫厨子を初めとする宝物群が適切な照明・温度管理の下収蔵、展示されている。
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↑法隆寺五重塔(左、飛鳥期)と夢殿(右、奈良期)。
法隆寺に来たついで、法起寺にも寄ることにした。そのきっかけは..
大学合唱団を卒業して2年目、その年定期演奏会で演奏された曲に「風のうた」という曲集があった。その1曲に、法隆寺と法起寺を歌ったくだりがある。作詩者は法隆寺とその仏像達を、味気ないと冷たく表現しているのと対照的に、法起寺の寂れた光景を絶賛していた。どちらも世界遺産に指定された世界最古級の木造建築。OBとしての練習訪問で、また演奏会で、何度も聞いたそのフレーズが気になった。
ここまで既に相当距離を歩いており、筋肉痛気味の足をひきずりながら里の田んぼ道を進む。
やがて遠くに、目指す法起寺の三重塔が見えてきた。
入場料300円を払って境内に入る。訪れる人も非常に少なく、法隆寺とは本当に対照的に、個人が管理している普通のお寺といった様相だ。そのありふれた光景の中に、平城遷都の4年前に建てられたという世界最古級木造建築がすっかり溶け込んでいる。こんなところに世界遺産が転がっているのかと思うと、驚きを隠せない。ほんものの奈良、と歌った作詩者の思いが痛いほどに伝わってきた。

法起寺前からのバスは法隆寺駅方面と奈良市内方面がそれぞれ1時間おきに走っているが、ちょうど奈良市内行きのバスがやってきたので、これに飛び乗った。
近鉄郡山の駅前でバスを降り、近鉄橿原(かしはら)線の電車に乗り換える。これまたちょうど京都行きの急行がやってきた。京都までは47分。秋の夕暮れは早く、程なく日が暮れる。
現代京都の象徴ともいえる京都駅正面口のお土産コーナーで土産物を選んだ。定番の千枚漬と、変わり種生八つ橋を手に入れる。奈良が近いといってもさすがに奈良土産は売っていない。奈良漬と「鹿のふん」を買っておかなかったのは後悔。柿の葉寿司を片手に、「N700」の<のぞみ252号>に乗り込み、ひたすら歩き回った2日間を締めくくる。(了)
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京都駅正面口の大吹抜。季節柄、クリスマスツリーが輝いていた。 |
〜乗車列車・車輌の記録〜 【発駅時刻,着駅時刻,列車番号,(種別列車名称),車輌番号】
奈良13:57→法隆寺14:09 3405K 快速<大和路快速> モハ220-24
近鉄郡山16:32→京都17:19 1660デ 急行 ク3704
京都18:02→東京20:23 252A <のぞみ252号> 785-633