メゾン 道の果て

週観 道の果てから

8月31日

 4日前に工場見学の話を書きましたが、その工場見学の前の日、同僚が定年退職しました。

 長く営業部門の販売推進やディーラー担当として会社を支え、最近では営業・製造部門一体による生産平準化運動の中核を担ってきました。その仕事ぶりは、この人がいないと全社の平準化運動が成り立たないといわれるほどでした。
 僕もその同僚と長く一緒に仕事をしてきました。同僚というよりかは、頼れる楽しい先輩といった雰囲気の人で、公私に渡って何かとお世話になってきました。人柄も良く、お互いに頼み事を引き受けたり頼んだりできる、良き関係ができていたと思います。

 退職予定日は8月20日と決まっており、この日までに生産平準化運動の仕事を後任に引き継がなければなりません。
 困ったことにこの仕事はかなり専門的な内容で、以前も書いたような仕事のできないおじさん達には到底頼める内容ではありません。
 やむを得ず僕を含めたチームリーダー2人でこの仕事を引き継ぐことにしました。
 引き継ぎは春から少しずつ進めてゆきましたが、そのまま引き継ぐとチームリーダーに一層負担がかかるため、比較的簡単な内容の作業は切り分けて別の若手同僚と、3月に転入してきた新人(もう2年生になりましたが..)にお願いして、各担当者のスキルアップを含め、チームでこの重要な作業をこなしていくことにしました。今回退職する先輩と新人さんとはわずか5ヶ月の付き合いでしたが、和やかな環境の下で順調に引き継ぎが進められました。仕事の覚えが早いのはさすがは2年生です。そして関係する5人の担当者はこの引き継ぎを通して、気持ちを1つにすることができました。

 最後の週は、その先輩と2回も飲みに行きました。1つは部の送別会、もう1つは部長他有志での個人的な付き合いです。大体会社で飲みに行くことなどほとんどない部署ですが、この週ばかりは例外だったようです。
 社内でも重要な任務を負っていたこともあり、本当は定年を過ぎても嘱託扱いで続けて欲しかった人材ではありますが、本人いわく、定年後は毎日のようにゴルフをしたかった、それで退職の日を待っていたとのこと。なかなかかっこいい夢ではありませんか。そんな夢が実現できるように、この日まで引き継ぎを何とか終わらせ、翌日に遠距離出張を控えていた最後の夜は予定外に遅くまで付き合いました。

 それで、その飲み疲れた体を引きずりながら翌金曜日は朝早起きして石川県の工場へ出張してきました。
 出張費抑制のおかげで部長は出かけられず、工場見学2回目にして早々にプレゼンテーションを任せられてしまいました。
 プレゼンは無事終わりましたが(初めての割にうまく取り繕ったのは年の功か?)、前日に続き夜遅くまで列車に乗り続けていたので疲れは倍増。
 さらに翌土曜日曜、実はこの2日間で合唱団の夏合宿があり、また越後湯沢に新幹線で向かってきました。
 ここでも夜のお付き合い、午前午後と練習、
 月曜日からはまたいつも通りに出勤。疲れが取れず仕事は半分夢うつつ。これでいいのか。
 ようやく木曜日に計画年休、ささやかな夏休みを取り、体力を回復した次第であります。

 ともあれ、もうその良き先輩はいないので、これからはその分僕達ががんばらなければなりません。というか、もうがんばり始めています。
 先輩の今までのご活躍に感謝し、いつまでも趣味のゴルフを楽しめるように祈りつつ、今宵はもう1杯。


8月27日

 先月工場見学の話を書きましたが、今度は別の工場見学を引率することになり、先週金曜日に出かけてきました。
 場所は石川県のかほく市。能登半島の付け根に位置します。東京からだと飛行機で小松空港まで飛び、連絡バスで金沢まで40分、金沢から七尾線の普通電車で約30分、乗り換えも多く、現地にたどり着くまでに最低4時間は見なくてはなりません。遠いです。片道2時間で行って来れる前回の福島県とは、疲れ方にも大きな差が出ます。
 ..と言いつつ、僕が今回の出張で取ったルートは、飛行機を使わずに鉄道だけで現地へ行く方法でした。
 具体的には上野から新幹線で越後湯沢、ここで特急に乗り換えて金沢まで2時間半、現地までの総所要時間は約5時間と、飛行機よりも1時間余分にかかりますが、埼玉県方面からでは空港に出てくるまでが面倒で、上野や大宮から新幹線に乗った方が便利なこと、そして何よりも「北陸フリーきっぷ」の存在がありました。
 北陸フリーきっぷとは東京都区内から金沢方面の周遊券で、上越新幹線と特急<はくたか><北越>の普通車指定席、さらに寝台特急<北陸>B寝台まで利用することができて21,400円です。これがどれほどかというと、飛行機を使った場合(前日割引+連絡交通機関)の約半分の値段。会社の出張費削減要請にも貢献し、懐にやさしいきっぷであります。根っからの鉄である自分が、これを選んだのは言うまでもないでしょう。

 朝6:30に自宅最寄り駅を出て、上野7:06発の<Maxとき303号>〜越後湯沢8:20発<はくたか2号>と乗り継ぎます。この日の日本海側は夏らしくないどんよりとした曇り空。それでも2時間半の車窓を楽しみ、10:53に金沢に着きます。金沢で七尾線に乗り換えますが、電車の本数が少なく約40分待ちます。この間に駅で早い昼食とし、会社に持ち帰るお土産を下見しておきます。
 目的地である宇野気(うのけ)に着いたのは正午過ぎのこと。駅では会社のチャーターバスが待ち構えていて、これに便乗して工場に向かいます。
 今回訪問した工場は大型のサーバーやネットワーク共有ドライブなどを製造しています。小型サーバーやパソコンを作っていた前回訪問先と比べると、大型機だけに注文の数も多くなく、多品種少量生産というのが特徴になります。それもお客様ごとに違ったオプションが要求されるので、1台1台に個性がある、正にオーダーメイドの体制で製作しています。
 とはいえ、他社と競争して勝ち続けてゆくためには製造コストを減らし、効率的な生産をして価格も下げなければなりません。同時に高品質も求められます。この工場でも4年ほど前からトヨタからやってきたコンサルタントを顧問に迎え、トヨタ生産方式による生産効率化を徹底して進めているそうです。
 説明では、大型機を1台製作するのに部品の在庫をたくさん準備する必要がありました。それはオプションの注文がどのように来ても対応できるように、考えられるすべてのパターンでスタンバイしていたのですが、無駄な在庫が多くなり、保管スペースの費用もかかって製造コストにはね返る。そこで製造工程を見直し、レイアウトの変更、在庫の保管方法変更、輸配送体制見直しなどで製造工程を大幅に短縮することに成功しました。この短縮できたリードタイム分は表に出さず、週の中での勤務時間平準化(月曜や金曜に集中するのを、火水木に分散させて残業時間を削減する)に活用し、さらなるコストダウンに結びつける、というスパイラルです。
 会議室での説明の後、工場内を見て回ります。上層階ではサーバーの心臓部といえる基盤類を作成しています。これらも厳しい品質管理の下、必要な部品を本日必要な数だけ作っています。本日必要な数だけというのが、コストダウンにつながるポイントです。
 下層階では複数種類の大型機用に、それぞれ小さな製造ラインが作られていて、上層階から送られてきた部品を取り付け組み立てられていました。「カンバン」の指示で部品を取り付け、試験に回しますが、機種によって約1日〜5日かけ、高温や低温といった過酷な条件でシステムを起動して異常がないかを確認し、合格した装置だけを出荷します。合格しなかった装置は自動診断の結果に応じて解体され、部品を交換して再度組み立てに回ります。
 前回の福島県の工場では大量生産型だったので分かりやすかったのですが、ここでは用途がやや特殊な機械が他品種少量生産ということもあり、少々分かりづらい面もありました。ただ、担当するお客様に、「この装置を組み立てるのに何日もかけて試験したりして、大変な思いで産み出しているんですよ」と説明、納得させるのには使えるかなあ、と思いました。

 北陸フリーきっぷは安い反面、移動時間も長くなります。見学終了後の七尾線列車では金沢発最終の<はくたか23号>が出た後で、東京方面にその日のうちに帰るには次の<北越9号>、金沢18:54発に乗らなくてはなりません。この電車は長岡経由、遠回りのルートとなり、上野までさらに1時間近く余計にかかってしまいます。特急と新幹線の乗車時間4時間40分。これはかなり体にこたえました。次回は金がかかっても飛行機で行くことにしよう、と密かに心に決めました。他の事務局メンバーも全員飛行機で来ていたことだし。


8月18日

 会社の入居しているビル周辺では、昨年のアフリカに続き、今年は「ハワイ」をテーマにしたイベントや展示が行なわれていました。
 地下広場の植栽も、ハワイをイメージしたこんな立派なものが出現しています。

 ただし!これらは全部石油製品でできています。いわゆる「造花」です。
 赤や黄色といった原色で彩られた花々も、緑がつややかな椰子の葉も、そして幹に至るまで、すべて模造品です。
 一見かなりてんこ盛りのゴージャスさ、熱帯の密林とか、熱帯植物園の温室とかにいる気分にさせてくれるこの植栽、相当お金かけているようにも見えますが、やはり不況の影響が少なからず出ているのでしょうか。
 しかし、石油製品でこれだけ本物に似せた花や葉っぱなどを作り、それを本物らしく見せてディスプレイできるのは、また違う意味で立派です。よほど近づかなければ模造品と分からないのですから。日本のプラスチック産業やデザイン産業の底力を見せてくれます。

 本物の熱帯植物は、日本の気候においては冬もあったりするのでお手入れも気を付けなくてはなりません。その点こうした模造品の熱帯植物は基本的に手入れも水やりも一切必要はなく、どんなに寒くても365日南国気分を楽しめるし、気楽に取り組めます。

 最初の写真のように豪勢でなくても、例えば自宅のお風呂とか、部屋の一角でちょっとした南国気分を味わうには、この写真のように適当にあしらったアレンジでも十分楽しめます。花の生け方とか、参考になります。


8月12日

 以前はカップラーメンの帝王、なんて呼ばれていた時代がありましたが....。

 そんな自分が最近興味を持っているのが「レンジ飯」です。
 カップラーメンも長年食べ慣れてくると、どのメーカーの麺やスープがどんな味というのがほぼ分かってしまい、正直飽きてきました。
 そのような状況下、行きつけのお店で目に飛び込んできたのが数々のレンジ食品。
 そういえば会社の休憩コーナーに電子レンジがあるなあ。これを活用すれば、味のレパートリーが大きく増える。しかも1食200〜300円。カップラーメンとあまり変わらない値段で、カップラーメンよりはまとも?な食事ができるし。
 かくして近くの棚にあったレンジ飯のパックをいくつか手に取っていました。
 商品の名は、ヱスビー食品の「ピアット」シリーズ。普通の店では約250円くらいで売られていますが、この日立ち寄っていた御徒町のディスカウントショップでは1個160円でした。今の自分にとっては昼食も量は必要ない(量が多いとすぐ太る)ので、このレンジ飯は必要にして十分な量、しかも160円で食える。ラインナップも幅広く、週2種類ずつのペースでもしばらくはいろんな味を楽しめそうです。
 翌日から会社への通勤バッグにレンジ飯を忍ばせ、昼食時間になったら休憩コーナーの前に2台ある電子レンジの前に行きます。会社の電子レンジは女子社員が手弁当を温めるのによく使われていますが、見た限り「レンジ飯」を温めるのに使っている人物は他にいないようです。
 パッケージを開け、ご飯の入ったパックのシールを少し開けてレトルトの具を投入。指定された時間だけレンジで温め、最後によくかき混ぜて出来上がり。「炒飯」や「ピラフ」を名乗っていますが、本格的なそれにはほど遠い..けれどもそれなりの風味は味わえるので、とりあえず良しとしましょう。
 この手のレンジ飯は、むしろお粥やリゾットの類の方が得意分野かもしれません。同じ「ピアット」シリーズには、銀座の有名店監修のリゾットがラインナップされており、各種類ともおいしくいただきました。
 それから同シリーズには「カレー」のラインナップもありました。こちらはご飯とカレーをパックのまま一緒に温め、最後に袋を開けてご飯の上にかけて食べます。カレーの袋は一定以上の圧力がかかると蒸気が抜ける仕掛けになっており、置き方(表裏)などが細かく指示されています。カレーは有名店数店舗の監修によるもので、店ごとの本格的な深い味わいが楽しめました。

 「ピアット」のご飯ものは5月から週2回ペースで食べ始めましたが、7月までにはそのお店にあった全レパートリーを制覇しました。
 しかし「ピアット」シリーズだけがレンジ飯ではありません。
 次に当たってみたのが、日清食品のレンジ飯シリーズ。「GoFan」という名前のレンジ飯が地元のディスカウントストアで117円の超特価で売られていました。箱に書かれた調理法が「ピアット」とは全く異なlり、水を注いで作るらしいです。その真実は..
 やはり、ご飯をフリーズドライ?で乾燥させているらしいです。それを紙パックに注ぎ、続いて乾燥具材と水を注入し、レンジで約3分(会社基準。家庭用では約5分かかります、強力な900Wのを置けるのはさすが会社ですな)。待望のGoFanチキンピラフの出来上がり、と思いきや、かなり水っぽい仕上がりになってしまい不満たらたら。レシピ通りに作ると水分の量がまだ多すぎるようで、その3分の2の量の水で最適、ということが後の研究で分かりました。
 さらに、同じ日清から同様の紙パック入りで「chin」「PASTA EXPRESS」という商品が出ています。先日こちらも1つ調理してみました。感想は....ノンフライのカップラーメンの方が手軽でおいしい、という結論になりました。

 レンジ飯の道。その道は奥が深いです。
 これからしばらくは、週2回ペースで修行を続けることになるでしょう....か。


8月4日

 この週末、新居に親戚を呼んで新築祝いの席を開きました。建築中の6月にも1回見に来ていますが、完成して家財道具が一通り入った状態で見るとまた違った雰囲気になり、生活感も感じられてきます。妻の話では、近所の人や勤めていた会社の同僚などが通りかかるたびに「立派な家が建ちましたねえ」と感心していくとか、妻の姉一家が通りかかって、そのあまりの変わり様に仰天したとか。木造平屋建ての「文化住宅」だったのが、2.5階建ての、カラフルな屋根の家になったのですから、それは驚くかもしれませんな。

 で、今回は、以前住んでいたアパートの話をしようかと思います。アパートに住んでいた2年間、一度も友人を呼んだことがなく、夫婦でどのような生活を営んでいたか謎(?)の部分が多かったと思われますので..。
 アパートは現在の家からさほど離れていない場所にあります。
 私鉄路線の高架線脇にあり、電車が頻繁に行き交ってはテレビの音声をかき消したりします。
 部屋割りは6畳3間の2DK。玄関入ったところにフローリングのキッチン付きの部屋があり、その奥に和室2間という造りです。
 家賃は64,000円。築20年で少々古い物件でしたが、駅から数分圏内で家賃が相場より安く、すぐここに決めました。

 玄関口となる北側の部屋がキッチンを兼ねたフローリングの部屋。
 食器棚や洗剤類、造花がたくさん並べられて、華やかな雰囲気に包まれています。いかにも女の子が住んでいそうな感じのお部屋に変身しています。ゴキブリが時々出没しては夫婦で格闘をしていたのも思い出です。
 同じ部屋を、中から玄関口に向かって撮った写真です。キッチンは左手に、そして右手カーテンの先に小さな風呂と、トイレがあります。
 南側には和室が2部屋並んでいます。1つは居間として使っていて、ご覧のようにいつでも客を呼べる状態にしておいていましたが..。夜はテーブルをどけて、ここに布団を並べて寝ていました。
 もう1つの部屋は洋服棚や荷物置き場、パソコンルームといった使い方をしていました。おととしもらった観葉植物パキラもここで成長し、今や天井に届きそうなくらいです。

 2年間お世話になったこのアパートも、6月末の契約期間満了をもって退室することになりました。ここにあったあらゆる荷物を片付けると、きれいさっぱり、シンプルな白と茶色の空間に。物がないと、室内は広々と感じられます。
 あれから1ヶ月経ちますが、僕達が借りていたその部屋は、現在のところまだ新しい入居者が付かず雨戸が閉まったままです。駅から数分、条件は決して悪くはないのですが。

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