
いちごプランター2026中秋篇。近頃めっきり涼しくなり、植え替えシーズンが到来しました。
今回は春夏に既に実施した分を含め、全てのプランターで植え替えを進めています。
というのも前回8月に、コガネムシが葉を食い荒らしていたことを記したのですが、産卵して土中モンスターが発生している可能性が高く、その検査駆逐と株整理を兼ねて全鉢を対象にしました。
1つずつプランターをひっくり返して土を綿密に調べると、出るわ出るわ、検査したどのプランターにもモンスターが出現していました。サイズは小型なので、この夏に生まれてきたもののようです。多くは初秋の暑さを避けてかプランターの底近くに潜み、1鉢に15匹見つかった例もありました。だから株が大きく育たなかったり、枯れてしまったりするのか。鉢底の穴には土が漏れないように桜の枯葉を敷き詰めていましたが、モンスターが喰ってしまったのか跡形もありません。
品種ごとに見てゆきますと、とちおとめは9株残り、このうち2株は9月末になって花が咲き、小さな実を2個付けました。季節外れの収穫です。
女峰は初夏にランナーがたくさん生じて株分けが進みましたが、夏の植え替えでは暑さが影響して枯死するものも続出しました。それでもプランター3鉢で最大勢力になっています。
今シーズン勢いの良かった章姫はそのまま秋を迎えています。18株、プランター2鉢分です。
残りのアイベリー,サントリー蜜香,白いちごエンジェルエイトは全般的に元気がなく規模を縮小しています。しかし秋になって新芽が出ていて、来期の再生に期待がかかります。
植え替え作業は11月下旬までかけて行なう計画です。この頃になるといちごも紅葉時期となり、眺める楽しみがあります。
白い布のようなものをかぶせているプランターには小松菜が収まっています。夏の間害虫対策で室内で育てていたのを9月に移植しました。ヒルザキツキミソウは再び枯れたように見えています。今回ばかりは新葉が生えてくる気配はありません。
作業していた日は小雨がぱらつく天候でしたが、3分くらいおきに繰り返し飛行機が爆音をとどろかせます。上空を見上げても、あいにくの天気でわずかな影しか見えません。あまりにも執拗に繰り返されるのでフライトレーダー24のサイトで調べてみたところ、どうやら米軍の大型輸送機2機の仕業のようです。横田基地から離陸し、飛行訓練なのか自宅周辺の上空を何度も周回している形跡がありました。その後急に静かになったのでサイトを更新すると、米軍機は千葉県方向に飛び去って行ったようです。
昔の振り返りをさらに続けます。
第6回、'00年3月の回では鉄道好きになったきっかけを記しています。思い返せば昭和57年の新幹線開業前まで、東北線は特急,急行,貨物が入り乱れてひっきりなしにやってくる大幹線でした。現在は普通電車がおよそ1時間に片道5〜6本とたまにやってくる貨物列車。湘南新宿ラインや上野東京ラインの整備で新宿や東京へ、さらに鎌倉や熱海まで直通するようになり、別料金で2階建てグリーン車にも乗れて大変便利になりましたが、通り過ぎる車輌のバリエーションが激減して寂しさを感じます。これもまたジオラマ作りを決意した理由の1つになっています。
結婚してからは東武伊勢崎線の沿線住民となりましたが、こちらは逆に昭和時代よりも賑やかになっています。とはいうものの昭和50年代の伊勢崎線も現在に劣らず魅力いっぱいでした。小学校の友達と浅草まで準急で往復したことがありましたが、すれ違う列車は主力形式8000系の6連,板張りカステラ7800系,8000系そっくりだが走行系は旧型車の5000系、地下鉄直通用2000系とギンギラギンの営団3000系、特急はDRC1720系に急行<りょうもう>の1800系、快速6000系、さらに貨物列車と決して見飽きさせませんでした。これらの車輌も世代交代したものの、半蔵門線との直通運転が始まると東京メトロ8000系,08系や東急の通勤車輌も仲間に加わり、一部の車輌にはラッピングも入って百花繚乱の様相を見せています。
翌月の第7回でサイトのリニューアルを行ない、以降週1回更新が基本となりました。そして月1回で伝えることができなかった、身の回りのこまごまとした気づきを毎回綴っています。
5月6日の回では、フロッピーディスクが大量に捨てられていた件を取り上げていました。フロッピーディスクも一世を風靡した外部記憶媒体でしたね。2DDや2HDというフォーマット規格があったことも思い出しました。MOという媒体も見かけなくなって久しいです。ハードディスクは今でも一般的に販売されていますが、容量はテラバイト単位が基本となり、2TBでおよそ2万円台から手に入ります。2HDのフロッピーにして約138万枚分!技術の進歩に改めて驚きます。ただこの10年くらいはさすがに進歩が頭打ちになってきたようですが。
その一方でハードディスクなどの記憶媒体によらず、記録をネットのクラウド上に保存、コピーするのが最近の流れになってきています。Googleドライブなどでは設定次第でパソコンやスマホの写真,動画等々のデータを自動同期してくれます。DVD3枚相当になる15GBまでは無料で保存できる他、年額4,400円で200GBまで保存できるプランもあり、ハードディスクなどを個人で保有しなくても、信頼性の高い外部クラウドで半永久的に情報資産を保管できるのは新しい選択肢です。あとは年額定期払いで半永久保証を取るか(セキュリティ面の課題はありますが)、故障等で失われるリスクがあっても手元の媒体で自己責任で管理していくか、その判断は各自に任されます。
前回に続き、昔の記録を振り返ります。
第2回と3回は所属していた合唱団のOB会についてでした。今年の6月,7月にも書いた通りOB会は解散し、これからは卒団生有志として活動を続けることになります。
第4回は、30歳を迎えての心境を綴っています。当時としても結婚願望は強かったですが、会社でもその他の場面でも出会いはほとんどなく、今でいうところの婚活を始めるのはそれから3年くらい後のことになります。結婚するのはさらに4年後。今や結婚からも20年近くなり、10代や20代よりも時間が過ぎ去るのが早く感じられます。振り返ると子供の頃は激動の毎日だったなあと。そういえば今の妻と出会ったことについてまだ触れていませんですね。いずれ機が熟したら記してみようと思います。
第5回は自分が生まれ育った街でした。リンク先には当時の写真が何枚か残っています。駅東口はロータリーが整備され街の玄関口としてふさわしい装いになりましたが、先に発展していた西口は多くの建物が昔のまま雑然とした様相で残っていて、それが日常に見慣れた光景でした。この古い街並みも、10年もしない後に再開発が行なわれ、ことごとく姿を消してしまいました。跡地には中高層ビルが建ち、東口同様にロータリーも作られ風景は激変しています。2年前には市役所出張所として使われていた旧駅舎も取り壊されてしまいました。東口でもほぼ同時期に銀行が、5階建て商業ビルが解体されています。先月には東口駅前スーパーで閉店セールが行なわれました。やはり建物老朽化で取り壊すようです。再開発の波が東口にも及んできています。
今年に入って建築模型やジオラマボードに取り組み始めていますが、実は一昔前の駅周辺のイメージを少しでも形に残そうとの思いからでした。しかし、ネットが発達した現代においても、昔の駅周辺の写真記録は乏しく、思うように資料が集まりません。ストリートビューで過去を溯ろうとしても、最も古い情報も旧商店街建物が更地化されてしまった後でした。今更ながら、もっと駅周辺の光景を写真やビデオで記録に収めておくべきだったと。当時は考えも及ばなかったですが。
まあでも、建物1軒1軒に細かくこだわっていたらいつまでもジオラマボードは出来上がらないので、もっと気楽に、既製品建物も利用して推進していきたいと思います。なんちゃってレベルでもよいので雰囲気重視で完成を早めようと。