平成16年8月6日更新
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朝早く、徳島行き<うずしお>で高松を出発します。 JRS2000系ですが、「N2000」と呼ばれる改良タイプの車両が運用されていました。前面デザインやカラーも違います。 |
| 鳴門線訪問。 高徳線の池谷(いけのたに)から分岐する支線です。駅間は短く、「教会前」とか(天理教教会が駅のそばにある)「金毘羅前」とかいう駅もあります。終点鳴門(写真)は立派な町の中。ローカル線の終点というイメージとは大きく離れています。 |
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徳島から牟岐線特急<剣山>(右側、キハ185系)に乗って海部に着いたところ。雨時々晴れの天気で、撮影時もまさに天気雨の状況でした。 左側は阿佐海岸鉄道ASA-200形。ここから甲浦(かんのうら)まで2駅間は阿佐海岸鉄道の区間です。 |
甲浦から室戸岬回り、安芸方面行きの路線バスに乗り、国道55号を約2時間、海沿いにひた走ります。南に行くほど雨足が強まるあいにくの空模様でしたが、太平洋岸の奇岩・絶景の数々を楽しみます。
バスは奈半利で下車し、ここから土佐くろしお鉄道(TKT)ごめん・なはり線で高知に向かいます。
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| 高知駅。30年前の国鉄時代を思わせる雰囲気の駅構内に並んでいるのは、これまた40年選手のキハ58系2本。普通列車用として使われています。色は変われど、エンジンの音や排気の匂いで懐かしさを誘います。 | ![]() |
| 伊野で下車し、駅前2本目の通りに土佐電鉄の路面電車乗り場があります(右写真)。路線はここを起点に高知市内を通り、後免町まで延びています。 車両の9割が昭和20〜30年代に製作された古豪達です。右はアートトレインとなった200形(210)。天井にはおびただしい枚数のスナップ写真が貼られています(.......)。 下左は主力形式の600形、標準塗装です。下右は800形ですが、企業の全面広告車になっています。 |
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後免町から改めてごめん・なはり線の列車に乗ります。昼に乗ったときはJRSの車両(キハ1000)でしたが、今度こそTKTの車両が来てくれました。ごめん・なはり線用として運用されるTKT9640形(左写真、のいちにて)は転換シート付きの豪華な車両。阪神タイガースを応援するラッピング車もあり、壁や天井に黄色と黒のストライプシートが貼り付けられています。
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3日目のおこぼれ。
・甲浦から室戸岬経由のバスはおよそ1時間に1本の割合で運行されている。甲浦から室戸岬までは人家が少なく奇岩が多く、さらに所々高波で道路補修をしている区間があり、自然の厳しさがうかがえる。室戸岬より西側は集落が増えて割合おとなしくなる。
・TKTごめん・なはり線は2年前に開業したばかりの新しい路線。かつては後免町から安芸市内まで土佐電鉄の電車が走っていたが、後に廃止され、跡地が現在のごめん・なはり線用路盤として転用されている。高架区間が多く、高架線の上から美しい砂浜海岸を眺めることができる。
・ごめん・なはり線で途中から乗ってきた女性車掌、駅での集札の際、
「のいち(駅名)です、のいちです、ありがとうございます」と語尾の「す」にアクセントをつけて話していた。
また、コンビニで買い物をしたときも店員さんが、「お買い上げ****円になります」。
これが高知人特有のイントネーションか。他の地区では聞かれなかっただけに、なかなか微笑ましかった。
・土佐電鉄は後免町と土佐電伊野を東西に結ぶ後免・伊野線、高知駅と桟橋通5丁目を南北に結ぶ桟橋線からなる。車両はほとんどが旧型車だが、平成14年に低床車100形「ハートラム」が1編成導入された。また桟橋線には昼間、外国の旧型車が観光用に走っている。1日乗車券は車内では販売しておらず、市内の定期券販売所や土佐電本社で購入。
・本日も宿泊は高松で。後免から昨日と同じパターンで特急<南風>に乗り、昨日と同じホテルに連泊する。
高松に行ったら讃岐うどんといきたいところだが、市内の店は夜少し遅い時間ではほとんど店じまいしてしまう。昨日と同じサンポートの讃岐うどんレストランで、少しだけでも讃岐な気分を味わおう。