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「目指せ、道の果て」 Vol.1 道東ツアー'05

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平成17年11月23日更新

(3日目:9月18日(日))

 今日は釧路から釧網本線を北に向かうのだが、とにかく列車の本数が少ない。網走に向かう列車は約3時間に1本しかない。5:59発の一番列車では早過ぎ、かといって次の9:05発はゆったり過ぎて時間を有効に使えない。いろいろ考えた挙げ句、今回はゆっくり休む旅もよいのでは、と思い直し、9:05発の列車で出ることにした。
 ホテルで朝食を取った後、8:00頃にはチェックアウトする。しかしあいにくの雨模様で、外出もままならない。早々に駅に入り、おみやげを買って、本数の少ない列車を何枚か撮影する。

 釧路9:05 3728D 快速<しれとこ> キハ54 521
 今日の行程で乗る列車はたったの2本。その1本目が釧網本線を走破する快速<しれとこ>である。昨日の根室方面と同じキハ54の1両編成だが、車体に派手に花々の絵がペイントされている。インテリアも改装され、昨日乗ったキハ54とは別の雰囲気。観光客で座席の半分以上が埋まっていた。

 釧路を出て、1つ目の東釧路で根室本線と別れる。程なくして、一面の湿原地帯へと歩を進めてゆく。
 まるで釧路の街を囲むかのように、西に、東に、そして北に、湿原が広がる。ああ絶景かな。

湿原と湖とが入り混じった光景が、ここでもしばらくの間楽しめる。当日は雨天だったので、窓の水滴が写っている。冬になると丹頂鶴が飛来してくるらしい。

 標茶(しべちゃ)を出ると湿原地帯から離れ、森の中へと駆け込んでゆく。
 とにかく何もない。小屋の1軒すら見当たらない緑の中を、列車はひた走る。
 20分あまり人家を見かけず、少し物寂しさを覚える頃、ようやく人家がたくさん見えてほっとするのが摩周駅であった。摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖方面への観光拠点になっている。
 川湯温泉を過ぎると峠越えに差し掛かる。大きな、ドラマを感じさせるような峠ではないが、列車のスピードが明らかに落ちてきて、峠を登っているんだなあと感じさせる。
 短いトンネルで峠を越える。やがて長かった森林地帯にようやく別れを告げ、平野へと降りてくる。斜里岳をバックに広がる一面の畑。高原野菜がとれるイメージだ。ここは清里町。先日出かけて行った、山梨県の清里とよく相似ているものがある。

 知床斜里を出ると、いよいよ釧網本線のハイライト、オホーツク海沿岸を走る。
 高い木が1本たりとも生えていないこの区間、冬になると流氷が接岸する。風景の美しさの裏側に隠された、自然の厳しさがうかがい知れよう。筆者もしばらくの間、何枚も写真を撮っていた。

 浜小清水から先では陸側にも一面の湖を望む。途中には原生花園臨時乗降場があり、多くの観光客が列車を見守っている。ここまでくれば、終点の網走はもう近い。所要3時間と1分、北海道の魅力を凝縮した車窓の旅である。

 網走では1時間24分もの長い接続待ちとなったので、市内観光でもしてみたい。博物館網走監獄に行くまでの余裕はないが、網走刑務所の門前までなら往復できる、と川沿いの道を歩いていったら、その道が行き止まりだった。
 引き返して行き直すには時間がなくなってきたので刑務所に行くのをあきらめたが、代わりにその川で思わぬ発見。川をせき止めて鮭漁が行なわれている。右写真はその光景で、川を上ろうとして堰の前で足止めされている鮭が大群になっている。これを網ですくって取ろうとするのだ。仲間には力尽きて川底に横たわったものも多く、左写真のように、ウミネコがピェー、ピェーと鳴き声を立ててそれを狙っている。

 網走 13:30 16D 特急<オホーツク6号> キハ183-218(旧番18)
 網走から先、旭川までは石北本線という線名になる。本日乗車する列車はたったの2本。その2本目がこの<オホーツク>号である。スクェアな前頭部が特徴のキハ183系初期タイプ。通常は4両編成だが、指定席に団体が乗りこみ、増2号車、増21号車、増22号車の3両をはさみ込んで7両もの長い編成になっていた。

 網走を出て間もなく、列車は網走湖の湖畔を走る。列車から見える区間は長くないが、地図でみると面積の広さに驚く。車窓から見えるのは、そのほんの一部なのか、と。

 網走湖から離れると、あとは取り立てて大きな見どころはない、と言えば失礼かもしれないが、釧網本線のインパクトがあまりにも強すぎたのでどうしてもマイルドに見えてしまう。しかしそれでも北海道らしい光景には間違いない。一面のとうもろこし畑、平地で普通に見られる白樺、ほんの少しだけ黄色づいた木の葉、どれを取っても9月の北海道ならではである。
 北見が近づくと線路が一直線になり、高架線区間に入る。そのまま高架が続くかと思いきや、北見駅の手前で高架を降りてしまう。
 北見から先はおとといも乗車した区間だが、夜間で景色が見えなかったので、改めて車窓を楽しむ。発車後すぐに地下トンネルで町外れを横切る。いかにも最近できたトンネルのようだが、一体何のためにわざわざ地下にトンネルを作ったのか。飛行場などもなさそうだし。
 初秋を迎え、日が傾きかけた午後の大地を西に進む。これが留辺蘂(るべしべ)付近まで来ると、今度は北に方角を変え、峠越えに挑む。距離は長くないが、エンジンのうなりが大きく、高出力の特急気動車でも苦しそうである。常紋越えと呼ばれるこの区間、建設当時の囚人労働、昭和40年代のSL列車一大撮影地など伝説は数多い。峠を越えると下り坂を転がるように遠軽に向かって降りてゆく。
 遠軽でスイッチバックする。かつては湧別方面にも線路が続いていたが、国鉄末期に廃止された結果行き止まり線形となり、全列車がここで折り返し方向変換することになってしまった。3分の停車時間中に乗客が協力して次々座席の向きを変える。
 南西に進路を変えて、列車は再び峠を目指す。下白滝、旧白滝、と「白滝」の名の付いた停留所を次々通過する。この付近一帯は白滝と呼ばれているようだ。その中心となる白滝駅で停車。
 次の上白滝を通過すると、時刻表上では34kmに渡って駅がない、在来線最長の駅間に入る。しかし、この区間にもつい最近まで駅があった。次に交換待ち停車した奥白滝信号場がまずそれである。併走する国道付近も含めて、周辺に人家らしきものは全くといっていいほどない。駅がなくなるのもうなづける。さらに険しい勾配を上り詰め、石北トンネルで峠を越える。トンネルを出てすぐに上越(かみこし)信号場、下りに転じてしばらく走って中越(なかこし)信号場、ここも駅だった。さらに数キロ下って麓が近づくところで一瞬見える保線小屋、この付近には天幕という駅があった。しかし交換設備がなくあっさり廃駅となり、ホームも撤去されてしまった。人家が見え始め、町らしくなったところで上川に到着する。
 上川からは石狩川に沿って右に左に曲がりながら平野へと下る。伊香牛(いかうし)を通過すると平野部に出て、直線続きの線路を目一杯のスピードで飛ばす。ようやく特急らしさが感じられるようになった。旭川には夕方、17:11到着。2日前にも来たし、特に寄るところはないので、「山頭火」のラーメンを食べて早々にお休みとする。

 4日目に続く

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